【初学者向け】不法領得の意思の判断方法と論述のポイント

法書ログライター様執筆記事です。

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はじめに-窃盗罪の構成要件

(窃盗)
第二百三十五条 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

(器物損壊等)
第二百六十一条 前三条に規定するもののほか、他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する。

窃盗罪の構成要件は①他人の財物を②窃取すること、そして③その行為の時点で不法領得の意思を有していることです。

まず、前提として、他人の財物の窃取とは、他人の占有物の占有を、その者の意思に反して移転してしまうことです。しかし、このような行為をしても、不法領得の意思がなければ窃盗罪は成立しません。

今回は、その、不法領得の意思についての解説記事です。

概説-不法領得の意思に関連する3つの罪責

最後の審判の後に行きつく先が3つに分かれるように、不法領得の意思に関連する事例における犯人の罪責は、以下の3つのいずれかになります。

・窃盗罪
・器物損壊罪
・使用窃盗(不可罰)

なぜこうなるのかといえば、不法領得の意思の要素が2つあるからです。

◆不法領得の意思の2つの要素
①権利者排除意思
②利用処分意思

両方を満たせば、窃盗罪が成立します。権利者排除意思だけがあれば、器物損壊罪が成立するに留まります。

利用処分意思だけがあれば、使用窃盗として不可罰となります。両方とも満たさない場合は、試験に出ません。

不法領得の意思の要素①権利者排除意思

権利者排除意思とは、物の権利者を排除して自己の所有物と同様に利用する意思です。

もう片方の利用処分意思だけがある場合、言い換えれば権利者排除意思がない場合には、使用窃盗として不可罰に留まります。というよりも、使用窃盗を不可罰に留めるために、権利者排除意思を要求しています。

一時的に他人の物を使用するために占有を取得した場合には、権利者の侵害の程度が軽微にとどまります。処罰するに値しません。

いえ、正確ではありません。一時的と言っても何時間も何日も使用されたらたまったものではありません。使用するのに際して傷でも付けられたらもっと堪らないでしょう。

結局は、権利者排除意思は、色々な評価事実を総合的に考えて判定することになります。

判例(昭和55年10月30日決定)の紹介

事案の概要

被告人Xは、午前0時頃、給油所の駐車場にて、偶然鍵の付いたままの他人所有の普通自動車(時価約250万円相当)が止まっているのを見つけ、乗り込んで持ち去り、乗り回した。午前4時ごろ、Xは無免許運転で検挙された。なお、午前5時30分ころまでには返却するつもりだったのであり、所有者もこの間に使用する予定はなかった。

決定要旨

「被告人は、深夜、広島市内の給油所の駐車場から、他人所有の普通乗用自動車(時価約二五〇万円相当)を、数時間にわたって完全に自己の支配下に置く意図のもとに、所有者に無断で乗り出し、その後四時間余りの間、同市内を乗り廻していたというのであるから、たとえ、 使用後に、これを元の場所に戻しておくつもりであつたとしても、被告人には右自 動車に対する不正領得の意思があつたというべきである」

権利者排除意思の考慮要素

返還意思

権利者を排除する意思とは、言い換えれば、権利者の有する所有権等を阻害する意思です。

つまり、権利者がその物を使用・処分するのを妨害するような行為が客観的に認められれば、権利者排除意思の肯定的な要素となります。

これが認められる典型例は、持ち出した物を返さずにずっと手元に持っておく場合です。この場合には疑いなく、窃盗罪(または器物損壊等)が成立します。

一方で、手元に持っておくことはないにしても、返還せずそのまま捨て置くつもりであれば、やはり権利者の使用を妨害をする意思があるといえるでしょう。

返還意思がない場合には、権利者排除意思が肯定されます。

権利者の使用可能性の侵害

先に挙げた昭和55年判決では、Xには車を返還する意思がありました。しかし、数時間乗り回すつもりでしたし、実際にXは4時間ほど車を使用していました。

確かに、所有者はこの間使う予定がなかったのであって、所有者の使用は実際に妨害したわけではありません。とはいえ、その間、使用可能性を相当程度侵害されたといえます。

返還意思があったとしても、使用可能性が相当程度侵害された場合には、権利者排除意思が認められます。その考慮要素は以下のようなものです。

・権利者がその物を使用する可能性・必要性
・使用時間の長短
・その物の価値

以下、昭和55年判決の事案を基にそれぞれ解説します。

権利者がその物を使用する可能性

権利者がその物を使用する可能性や必要性が高いことを認識しつつあえて無断一時使用に踏み出したのであれば、権利者排除意思が肯定されることでしょう。

これに影響する事実としては、一時使用の時間帯などがあり、また、使用時間の長短と連関があります。

昭和55年判決の事例は深夜でしたので、権利者が使用する可能性が低い時間帯ではありました。

とはいえ、最長5時間30分に亘り使用する意思で一時使用を開始したため、権利者排除意思を否定するほど低いとは言えません。

使用時間の長短

権利者がその物を使用する可能性があまりないとしても、使用時間が長くなれば、その物の価値が損耗する可能性が高くなります。したがって、一時使用が長時間に及ぶのであれば、権利者がその物を使用する可能性と関係なく、権利者排除意思が認められます。

昭和55年判決では、最長5時間30分に及び使用しており、判例は長時間と認定しています。

一般に、5時間の一時使用は窃盗とみなされますが、2時間から3時間の自転車の一時利用を使用窃盗とした判例もあり、とても長いわけではありません。

物の価値

昭和55年判決で最も重要な点は、自動車という高価な物を無断使用した点でしょう。

高価な物である場合、その物の本来の価値が損耗し、利用できなくなる危険は無視できなくなります。そのため、高価な物を無断使用した場合には、利用可能性の侵害とされます。

物の価値の滅失・減少

すぐに返還する意思があっても、その使用方法によって物の価値が滅失し、減少するような場合には、やはり権利者排除意思があるといえます。

具体的には以下のような例があります。

・会社の機密資料を持ち出してコピーした事案(東京地裁昭和55年2月14日)

・パチンコの玉を景品交換のために窃取した事案(最高裁決定昭和31年8月22日)

・スーパーマーケットの商品を、返品して代金相当額を受領する目的で窃取した事案(大阪地裁昭和63年12月22日)

不法領得の意思の要素②利用処分意思

利用処分意思とは、物の用法に従い、その物を利用・処分する意思のことです。

利用処分意思に欠ける場合、すなわち権利者排除意思だけがある場合には、器物損壊等が成立し、窃盗罪は成立しません。

器物損壊の構成要件

初学者向けに器物損壊の構成要件を確認しておきます。「他人の物を損壊し、又は傷害した者」ですね。「傷害」は動物傷害を念頭に置いており、「損壊」と同じ行為です。そこで、「損壊」の意味が問題になります。

そして、損壊は物の効用を害する一切の行為を言います。物理的な損傷を加えることに限らず、物の使用を妨害する一切の行為が「損壊」です。

典型例は物理的に破壊を施すことですが、隠匿して使用不能にすることも損壊に含みます。

そして、物を隠すには、その物の占有を奪取する必要があります。ここで窃盗罪の実行公と器物損壊の実行行為の一部が重なり合うことになるのです。

利用処分意思の必要性

器物損壊は窃盗に比べると法定刑が軽く設定されています。一見すれば、物理的な破壊を伴うこともある器物損壊は、単に占有を奪うだけの窃盗に比べると被害が大きくなりうるところではあります。

しかし、窃盗犯は、物を奪って利益を得ることができます。つまり、単に物を使用不能にするだけの器物損壊に比べて誘惑が大きいのです。だからこそ、窃盗罪は重い刑罰で抑止しなければならないのです。

逆に言えば、物の占有を奪ったとしても、その物から利益を得る目的でないのであれば、器物損壊に留まるべきなのです。

利用処分意思の内容

結論から言えば、現在の判例では、利用処分意思の内容は「なんらかの用途に利用、処分する意思」とされ、広く認められています。

経済的用法に従って処分する意思

「利益を得る意思」の典型は、その物を売り払ったり、盗むことで買わずに済ませる場合です。

判例は、「経済的用法に従い、これを利用し、または処分する意思」との表現をしています。したがって、上記のような典型例を含み、経済的利益を享受する意図がある場合にのみ利用処分意思が認められるようにも見えます。

物の本来的用法

しかし、物の性質からして経済的に用いることが想定されていない場合もあります。

水増し投票をする目的で投票用紙を窃取した事例(最判昭和33年4月17日)は、経済的用法に従った利用する意思とは言い難いにもかかわらず、「不法領得の意思なしと言うを得ない」としています。

そこで、経済的用法でなくとも、「物の本来の用法に従った使用」をする意思であればよいと考えられるようになりました。

なんらかの用途に利用・処分する意思

更に判例は、以下のような事例でも利用処分意思を肯定します。

・木材の流失を防ぐために付近の柱の他人所有の電線を切断して巻き付けた事例(最判昭和35年9月9日)

・性的な満足を得る目的で女性の下着を窃取した事例(最決昭和37年6月26日)

これらは、経済的用法にも、物の本来の用法にも、従っていません。

そこで、「その物自体からなんらかの効用を享受する目的」があれば充分であると考えられました。

これが現在の主流であり、「なんらかの用途に利用・処分する意思」と同じものです。

まとめ

不法領得の意思は、権利者排除意思と利用処分意思の二つに分かれます。

そして、権利者排除意思は、物をいつまで占有するつもりなのかを中心に、物の価値や権利者による利用の必要性・可能性を総合考慮して、権利者による使用を妨害するような使用をする意思があったのかを検討します。これを欠けば、使用窃盗として不可罰に留まります。

次に、利用処分意思は、占有奪取の目的が、もっぱら物の隠匿・毀棄にあるのか、その物をなんらかの用途で利用・処分することにあるのかを検討します。物からなんらかの効用を得る意図があるわけではない場合には、器物損壊等が成立するに留まります。

▽参考文献▽

・大塚裕史ほか『基本刑法II 総論[第3版]』(日本評論社、2019)

・大塚裕史『応用刑法II 総論』(日本評論社、2023)

・『アガルートの司法試験・予備試験合格論証集 刑法・刑事訴訟法』アガルートアカデミー編著(サンクチュアリ出版、2020)

・佐伯仁志・橋爪隆編『刑法判例百選II[第8版]総論』(有斐閣、2020)

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