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私は、令和8年司法試験憲法の出題予想を本命:プライバシー権、対抗:財産権としています。
このうち、プライバシー権についてより踏み込んだ予想をすると、プライバシー権は、伝統的には、個人の私的領域に他者を無断で立ち入らせないという自由権的なものとして理解されてきました(芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法 第八版』岩波書店、2023年、129頁参照)。
しかし、現代社会では、行政機関等が大量の個人情報を収集・管理・利用する場面が増えており、単なる「私的領域への立入り」の問題だけでは処理しきれない事案も増えています。
そのため、令和8年司法試験憲法では、情報の収集だけでなく、管理・利用、開示・公表までを含めて、プライバシー権の制約が問題となる事例が出題される可能性があると予想しています。
したがって、最判平成20年3月6日判決(住基ネット事件)や最判令和5年3月9日判決(マイナンバー事件)の理解が重要になります。
そこで、以下では、両者の判例に解説を加えた上でプライバシー権の論述作法について説明をしたいと考えています。
プライバシー権という言葉は多義的であって定義もはっきりとはしていません。
そこで、プライバシー権を語る上では、収集→管理(利用)→開示・公表という情報の流れの3つの過程を意識してほしいと思います。
そして、プライバシー権が問題になる出題がなされた場合は、上記情報の流れのうちどこが問題になっているのかを意識してほしいです。
プライバシー権という用語では、「フワッ」となってしまうので、以下では、便宜上、行政機関による情報管理が主として問題になる場合を住基ネット・マイナンバー型と定義します。
これら2つの判例はとても難しいので、あらかじめ誤解を恐れずに相当に平易な言葉でいうと、
「大切な情報をちゃんと管理できてる???」
という点を審査した判例と言ってよいでしょう。
国家による情報管理について、システムと法制度の2つの側面から検討を加えているのが両者の判例です。
行政機関が住民基本台帳ネットワークシステム(以下「住基ネット」という。)により個人情報を収集、管理又は利用することは、憲法13条の保障するプライバシー権その他の人格権を違法に侵害するものであるなどと主張して、上記の人格権に基づく妨害排除請求として、住民基本台帳からの被上告人らの住民票コードの削除を求めた事案


住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)は判決文が長いですし、非常に読みにくいです。
そのため、住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)について深い理解ができている受験生はかなり少ないのですが、上記のような論理構造をつかむと意外に「ストン」と納得できるのではと思います。
一言でいえば、住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)は、「システム技術上又は法制度上の不備があり、そのために…具体的な危険が生じているということはできない」ため、憲法第13条により保障される個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由の侵害はないゆえに合憲という判断をしたのです。
すなわち、住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)を単に合憲という判断を下した判決として理解するのでは理解不足なのであって、同判決は「漏えい等の具体的危険がある場合には違憲となり得るという前提を採[1]」った点に意義があるといえます。
行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(以下「番号利用法」といいます。)に基づき特定個人情報(個人番号をその内容に含む個人情報)の収集、保管、利用又は提供をする行為は、憲法13条の保障するプライバシー権を違法に侵害するものであると主張して、プライバシー権に基づく妨害予防請求又は妨害排除請求として、個人番号の利用、提供等の差止め及び保存されている個人番号の削除を求めるとともに、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料等の支払を求めた事案
マイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)は、住基ネット事件と同じような論理構造を採用し、合憲という結論を導いています。
すなわち、同判例は『・・・住基ネット判決を引用して憲法一三条に基づき「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する」と述べた上で、住基ネット判決の場合と同様の議論運びにより、総合判断として「番号利用法に基づく特定個人情報の利用、提供等に関して法制度上又はシステム技術上の不備があり、そのために特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じている」ということはできず、合憲である[2]』としました。
もっとも、両者の判例は全く同じであるというわけではなく、例えば、両者では取り扱う情報の性質に差異があります。
すなわち、住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)で問題となった情報について最高裁は、「住基ネットによって管理、利用等される本人確認情報は、氏名、生年月日、性別及び住所から成る4情報に、住民票コード及び変更情報を加えたものにすぎない。このうち4情報は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり、変更情報も、転入、転出等の異動事由、異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので、これらはいずれも、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。これらの情報は、住基ネットが導入される以前から、住民票の記載事項として、住民基本台帳を保管する各市町村において管理、利用等されるとともに、法令に基づき必要に応じて他の行政機関等に提供され、その事務処理に利用されてきたものである。そして、住民票コードは、住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等を目的として、都道府県知事が無作為に指定した数列の中から市町村長が一を選んで各人に割り当てたものであるから、上記目的に利用される限りにおいては、その秘匿性の程度は本人確認情報と異なるものではない。」と判示しており、秘匿性が高いとはいえない情報が問題となった事案であったと言えます。
他方、マイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)では「・・・特定個人情報の中には、個人の所得や社会保障の受給歴等の秘匿性の高い情報が多数含まれることになる」と判示しており、秘匿性の高い情報が多数含まれることを指摘しています。
このように両者では問題となる情報の性質に差異があるところ、合憲性を判断するに際しては、情報の性質についても着目をする必要があると思われます。
具体的にいうと、秘匿性の高い情報が多数含まれている場合は漏えい等の具体的危険について、慎重に検討することが要請されるものと思料します。
また、マイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)では、仮に漏えいした場合についての議論も展開しています。
以上から、住基ネット・マイナンバー型において、合憲性を判断するためのポイントを大まかにまとめると以下の通りになります。


要は、どういった情報を、どのような法制度・システムの下で管理しているのか、を見ていくというわけです。
とてもセンシティブな情報(例えば、前科・前歴・個人の所得・社会保障の受給歴・病歴・信用情報)を雑に管理していれば違憲という方向性になる一方、必ずしも秘匿性が高いとは言えない情報を厳格に管理していれば合憲ということになります。
ここで、⑥について詳しく説明をしますと、一元管理なのか分散管理なのかという視点が大切になります。
マイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)は、「・・・番号利用法の下でも、個人情報が共通のデータベース等により一元管理されるものではなく、各行政機関等が個人情報を分散管理している状況に変わりはない」と判示し、マイナンバー制度は分散管理型であることに言及をしています。
何を言っているのかが理解しがたいかもしれませんが、以下のポンチ絵が分かりやすいと思います。
内閣府「マイナンバー制度における個人情報の管理(分散管理)」3頁、https://www5.cao.go.jp/keizai2/mynumber/20221109/shiryo_1-1_2.pdf(2026年7月2日最終閲覧)抜粋。
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要は、マイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)は、マイナンバー制度について、左の図ではなく右の図なのだと言っているのです。
皆様は、「データマッチング」という言葉をよく答案で使うのですが、データマッチングの危険性が高いのは左の図が示している一元管理ですよね。
なぜなら、共通データベースを作るからです。
左の一元管理の場合は、各行政機関等が保有している個人情報を特定の機関に集約し、その集約した個人情報を各行政機関が閲覧することができるわけですから、その人の人物像が鮮明に分かるわけです。
いついつ、どこで生まれ、今何歳で、家族構成はどうで、現在どこに住み、年収はいくらで、税金はいくらで、住んでいるお家の価格はいくらで(固定資産税で推認可能か)、どういった社会給付を受けていて、どういった病気を持っていて(社会保険組合の情報から推認可能か)、年金はいくらで(日本年金機構からの情報で推認可能か)、どんな職業についているのかといった類の情報があれば、かなりその人の人物像は詳らかになるはずです。
これがデータマッチングによるプライバシー権の侵害というわけです。
一方、右の分散管理の場合は、一元管理に比べると「データマッチング」の危険性は相対的ではありますが少ないはずです。
これが、マイナンバー制度によるデータマッチングの危険性に対する判例の答えの「一つ」なわけです。
すなわち、最高裁も「データマッチング」の危険性を無視しているわけではないです。
マイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)において、最高裁は「・・・特定個人情報の中には、個人の所得や社会保障の受給歴等の秘匿性の高い情報が多数含まれることになるところ、理論上は、対象者識別機能を有する個人番号を利用してこれらの情報の集約や突合を行い、個人の分析をすることが可能であるため、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容次第では、これらの情報が芋づる式に外部に流出することや、不当なデータマッチング、すなわち、行政機関等が番号利用法上許される範囲を超えて他の行政機関等から特定の個人に係る複数の特定個人情報の提供を受けるなどしてこれらを突合することにより、特定個人情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じ得るものである。」と判示しています。
もっとも、「・・・番号利用法は、前記第1の2(2) イ及び(3)のとおり、個人番号の利用や特定個人情報の提供について厳格な規制を行うことに加えて、前記第1の2(5)及び(6)のとおり、特定個人情報の管理について、特定個人情報の漏えい等を防止し、特定個人情報を安全かつ適正に管理するための種々の規制を行うこととしており、以上の規制の実効性を担保するため、これらに違反する行為のうち悪質なものについて刑罰の対象とし、一般法における同種の罰則規定よりも法定刑を加重するなどするとともに、独立した第三者機関である委員会に種々の権限を付与した上で、特定個人情報の取扱いに関する監視、監督等を行わせることとしている。また、番号利用法の下でも、個人情報が共通のデータベース等により一元管理されるものではなく、各行政機関等が個人情報を分散管理している状況に変わりはないところ、前記第1の2(4) のとおり、各行政機関等の間で情報提供ネットワークシステムによる情報連携が行われる場合には、総務大臣による同法21条2項所定の要件の充足性の確認を経ることとされており、情報の授受等に関する記録が一定期間保存されて、本人はその開示等を求めることができる。のみならず、上記の場合、システム技術上、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワーク内で、個人番号を推知し得ない機関ごとに異なる情報提供用個人識別符号を用いて特定個人情報の授受がされることとなっており、その通信が暗号化され、提供される特定個人情報自体も暗号化されるものである。以上によれば、上記システムにおいて特定個人情報の漏えいや目的外利用等がされる危険性は極めて低いものということができる。」と判示をして、結論としては合憲としています。
最高裁は、理論上は不当なデータマッチングの危険があることを肯定しながらも、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容を検討した上で、合憲という結論を導いているところ、マイナンバー制度が分散管理型であることは合憲という結論を支える根拠の1つなわけです。
あとは、「・・・システム技術上、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワーク内で、・・・特定個人情報の授受がされることとなっており」という一文も分かりづらいと思いますので、少し補足をします。
インターネットから切り離された閉域ネットワークの場合、サイバー攻撃やウイルス感染のリスクをかなり防ぐことができます。
なぜなら、インターネットから切り離されているからです。
したがって、情報漏洩リスクを相当程度低減してくれます。
ゆえに、最高裁は合憲性を支える根拠の1つとして「・・・システム技術上、インターネットから切り離された行政専用の閉域ネットワーク内で、・・・特定個人情報の授受がされる」ことを挙げたのです。
司法試験は比較的長文の問題であって、また憲法の場合は検討の対象となる法令が示されていることが多いです。
そこで、住基ネット・マイナンバー型の問題が出題された場合は、問題文をみて、具体的な法制度や実際に使用されるシステムの内容を確認し、違憲か合憲かを論じることが求められると思います。
その際は、先程示した判断要素を参考にすると、問題文の事情を拾いやすいと思います。
この点、住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)及びマイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)の論理構造を踏襲して議論を展開することが出来れば大変すばらしいです。
他方、みんなが目的・手段審査にて議論を展開する中において、それはちょっと気が引けるという方は、違憲審査基準の定立段階、あるいは目的・手段で構成される違憲審査基準の枠内で触れるのでもOKです。
よろしくないのは、それをすることなしに、プライバシー権は重要であるとか、ビッグデータ云々とか、高度情報社会では云々とかモザイク理論云々といった抽象論を「長々」と論じることです。
もちろん、抽象論も大切なのですが、あくまで事案の解決に必要な限度で展開をすべきなのであって、抽象論を長々と書いているわりには、具体的な事実関係についての検討が乏しいという答案は評価されません。
出題趣旨・採点実感において度々指摘されている「平板で浅い論述に終始する答案」、「具体的な合憲性の判断が極めて簡潔であり、問題文中に記載されている事実に照らした検討が十分でない答案」(令和3年憲法採点実感)、「判断基準に関する争いのみに終始して事足れりとし、与えられた事例に即した個別的・具体的検討ができていない答案」(平成24年度司法試験憲法)となってしまいます。
抽象論に終始し、具体的事実の検討が浅い答案は「バランスの悪い」「響かない」答案と言えるでしょう。
| 憲法第13条は自己情報コントロール権を保障している(住基ネット事件参照)。 |
これは憲法答案全体に言えることなのですが、判例が言っていないことを述べた後に、(〇〇判例参照)とする例がかなり頻出します。
これはやめましょう。
採点者に判例を理解していないと判断されます。
住基ネット事件(最判平成20年3月6日判決)もマイナンバー事件(最判令和5年3月9日判決)も自己情報コントロール権については言及をしていません(下級審で言及しているものはあります。)。
判例が言及していることと、学者が述べる判例の解釈をごちゃまぜにした結果起こる現象なのだと推察するところですがよろしくないです。
以上
[1] 高橋和之 編『新・判例ハンドブック憲法[第3版]』(日本評論社、2024年)53頁参照
[2] 芦部信喜 著 高橋和之 補訂『憲法 第八版』(岩波書店、2023年)129頁以下
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