(正当防衛)
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 (略)
さて、本稿では正当防衛の要件③「防衛するため」について解説していきます。
「防衛するため」は解釈によって更に2つの要素(⑴防衛行為とⅡ防衛の意思に分けられていきますが、重要なのは2番目の「防衛の意思」です。
この回では、防衛の意思の位置づけや認定方法について主に扱います。
目次
防衛するための要素⑴防衛行為
「防衛するため」の行為であると言うには、それが侵害の排除に役立つものでなければなりません。とはいえ、他の要件を満たしたうえでこの条件が満たされない状況はあまり想像できません。
強いて考えるとするなら:
Vは自動操縦窃盗ロボを用いてXの財布を奪おうとしていた。自動操縦ロボの緊急停止スイッチがXの目の前にあるにも関わらず、XはVを手拳で殴打した。
といったところでしょうか。このような場合には正当防衛を認めるべきではありません。
とはいえ、実際に侵害の排除に役立つ必要はなく、おおよそ侵害の排除を期しうる行為であれば足ります。
ここはあまり重要ではありません。重要なのは次の防衛の意思です。
防衛の意思
「防衛するため」の行為であると言うためには、客観的に防衛行為であればいいのでしょうか。それとも、行為の動機が「防衛するため」でなければならないのでしょうか。
このような主観的要件を「防衛の意思」といいます。
必要説と不要説が学説上対立しています。ただ、判例は一貫して必要説に立っているので、答案を書くときは防衛の意思必要説に立ち、その有無を検討してください。
防衛意思の重要判例①昭和50年11月28日判決
事案の概要
Xは友人Aと乗用車で走行中にVらに因縁を付けられ、なんかご飯とかを奢らされた。そして、VらはAを執拗に暴行しはじめた。放置してはAの生命が危ないと考えたため、Xは130メートル離れた自宅に行き、実弟が所持していたショットガンに実弾を装填した上、予備の弾薬を持ち出した。
Xが現場に戻った時、Aの姿が見えなかったため、Vの妻の肩を掴み問い詰めた。それを見たVは激昂して「この野郎殺してやる」などと言ってXを追いかけ始め、追い付かれそうになったため、未必の殺意をもってVに向けてショットガンを発砲し、加療約4か月の傷害を負わせた。
東京高裁は、XにVに対する攻撃の意図があったことを理由に、過剰防衛の成立を否定した。
判旨
急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためにした行為と認められる限り、その行為は、たとえ同時に侵害者に対する攻撃的な意思に出たものであっても、正当防衛のためにした行為であると認められる。
防衛に名を借りて積極的に相手に攻撃を加える行為は、防衛の意思を欠くが、防衛の意思と攻撃の意思とが併存している場合は、防衛の意思を欠くものではない。
防衛の意思の重要判例②昭和46年11月16日
事案の概要
被告人Xは、安宿Aに宿泊していたところ、Aの経営者Vにテレビを見ていたことを詰られたり、扇風機を持ってくるよう言われて口論となった。Vに足蹴にされて畏怖したXはAを退去することを決断したものの、翻意してVと仲直りをしようと思い、Aに戻った。
しかし、VはXを見るや否や手拳で2回ほど殴打してきたので、鴨居の上に隠していたくり小刀を取り出し、Vを刺突して殺害した。
判旨
防衛の意思をもつてなされることが必要であるが、相手の加害行為に対し憤激または逆上して反撃を加えたからといつて、ただちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない。
かねてから被告人がVに対し憎悪の念をもち攻撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出たなどの特別な事情が 認められないかぎり、被告人の反撃行為は防衛の意思をもつてなされたものと認める
総説防衛意思の具体的な内容
防衛の意思が具体的にはどのような心理状態でしょうか。
学説として以下の二つがあります。
- 正当防衛状況にあるとの認識
- 自分の身を守るとの特別な意思
判例は、単なる正当防衛状況の認識以上のものを求めているものの、攻撃の意思の併存を認めるという立場を採っています。
ここから、判例の言う防衛の意思の内容は「急迫不正の侵害を認識しつつ侵害を避けようとする単純な心理状態」ということができます。
偶然防衛
偶然防衛とは、正当防衛状況にあることを知らずに相手を害した結果、たまたま防衛に成功したような場合を指します。
防衛の意思不要説に立つと、偶然防衛の事例でも正当防衛が肯定されます。逆に言えば、防衛の意思を要求する主な目的は、偶然防衛の場面で正当防衛を否定することといえます。
攻撃の意思との併存
正当防衛の状況の多くは、急に攻撃されて反撃をするという場面です。したがって、自分の身を守りたいという意思と同時に、相手に対する怒りや攻撃の気持ちも混じっているのが普通です。
それにもかかわらず攻撃の意思が併存していることを理由に正当防衛を否定してしまうと、正当防衛を委縮する結果となってしまいます。正当防衛は不正な侵害からの正当な行為であるので、その委縮には慎重を期す必要があります。
したがって、防衛の意思は緩やかに認められることになります。防衛の意思が否定される事例は、偶然防衛と「もっぱら相手を攻撃する意思」を有していた場合に限られます。
もっぱら攻撃する意思
攻撃をする意思があったとしても、それで防衛の意思が否定されることはありません。しかしながら、防衛に名を借りてただ相手を攻撃するためにした行為は、やはり「防衛するため」の行為とはいえません。
昭和46年判決では「かねてから……憎悪の念をもち攻撃を受けたのに乗じ積極的な加害行為に出たなどの特別な事情」がある場合には防衛の意思が否定されるとしています。
裁判実務では、主観的な意思は客観的な事実から推認するものです。特に防衛の意思の認定では、正当防衛の極限状況で本人の記憶が信用できません。そこで、答案においても、以下のような事実をあてはめして、防衛の意思の有無を論述していくことになります。
- 相手との従前の関係
- 相手の侵害の態様及び程度
- 行為者の取りえた選択肢
- 行為者の行為の態様及び程度
- 行為者の行為前後の言動
これらを考慮して、
不正の侵害の機会に乗じて、①相当性を著しく欠く行為に出た、または、②明らかに必要のない行為に出た場合に、「もっぱら攻撃する意思」で反撃したと言えるでしょう。 (参考文献1『応用刑法』178頁)
過剰防衛との関係
行為が相当性を欠き、「やむを得ずにした行為」でないとされた場合には、正当防衛でなく過剰防衛が適用されます。
そして、実務上は、それよりも過剰な結果を故意に生じさせようとした場合に、防衛の意思が否定されることになります。
したがって、実務的には、防衛の意思は、もっぱら過剰防衛の成否に関わることになります。
積極的加害意思(急迫性)との関係
積極的加害意思は、急迫性を否定する要素です。「もっぱら攻撃する意思」とはどう違うのでしょうか。
結論から言えば、積極的加害意思は行為の準備段階における意思であり、「もっぱら攻撃をする意思」は行為時の意思であるということです。
相手からの攻撃を予期しており、予期した時点で積極的に相手方を害する意図をもっていた場合には急迫性が否定されます。
一方で、相手からの攻撃を予期しておらず、攻撃を受けた時点で相手方をもっぱら攻撃する意思で反撃した場合には、防衛の意思が否定されます。
参考文献
・大塚裕史『応用刑法I 総論』(日本評論社、2023)
・大塚裕史ほか『基本刑法I 総論[第3版]』(日本評論社、2019)
・佐伯仁志・橋爪隆編『刑法判例百選I[第8版]総論』(有斐閣、2020)
・井田良『講義刑法学・総論[第2版]』(有斐閣、2018)