法スタ側の方針変更(かなにか)で名前を明示することになったので、はじめて名乗ります。宇津井です。
今回から4回にわたって、正当防衛についての解説をしていきます。
まずは、正当防衛の要件を、しっかりと条文に照らしてみていきましょう。
<編集部コメント>
今回の記事は、法スタの方針変更に伴い、ライター名を明示してお届けします。刑法や刑事訴訟法の判例・論点の解説記事を担当している宇津井さんによる解説です。正当防衛の要件を条文や重要判例をもとに詳しく掘り下げます。急迫性の判断基準や、判例が示す具体的なケーススタディまで、試験対策にも役立つ内容が満載です。初学者から中上級者まで学びの多いシリーズになっていますので、ぜひ最後までご覧ください!
目次
正当防衛の要件
(正当防衛)
第三十六条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2 防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
正当防衛が成立する要件は、
な侵害に対して、
行為であることです。
今回は、①侵害が急迫であるとはどういう場合かについて解説していきます。
自救行為の禁止
自救行為の禁止の例外
侵害の急迫性とは「侵害が現在のものであるか、差し迫っていること」をいいます。
侵害の急迫性は、要するに、正当防衛の範囲から過去と未来の侵害を除外する意味があります。そもそも法には自救行為の禁止という原則があります。したがって、過去に受けた侵害や将来受ける侵害の回復は、法に任せなければなりません。
その例外としての正当防衛として許容されるのは、法による保護を待っていては間に合わない現在の侵害を防ぐ場合に限られるということです。
正は不正に譲歩しない
ここで気を付けてほしいのは、回避義務があるわけではないということです。たとえ侵害が予想されるからといって、わざわざ回避しなければならない義務が発生はしないのです。
急迫性の重要判例①昭和52年7月2日判決
事案の概要
中核派に属するXらは、凶器を準備の上集会を開いていた。そこに対立する革マル派のVらが攻撃をしかけてきて、一度は撃退した。再度の攻撃を予期したXらはバリケードを強化し、待ち構えた。VらはXらに攻撃をしかけ、反撃を受けた。
判旨
刑法36条が侵害の急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではない。当然又はほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではない。
しかし、同条が侵害の急迫性を要件としている趣旨から考えて、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさない。
急迫性の重要判例②平成9年6月9日判決
事案の概要
Vは、集合住宅の二階にして、被告人Xを鉄パイプで一回殴打し、更に追撃をしようとしてきた。Xはもみ合いになったり、助けを求めたり、鉄パイプを取り上げたりしていたが、最終的にVが鉄パイプを握りしめてふりかぶってきた。
そのとき、Vは姿勢を崩して手すりの外側に身を乗り出してしまった。Vがなおも鉄パイプを握りしめていたため、XはVの足を抱えて持ち上げ、手すりの外に転落させた。
Vは1階のひさしに激突し、加療3か月のけがを負った。
原審は、「XがVを転落させた時点で、Vは容易には元に戻りにくい姿勢となっていたから、Xはいつでも逃走できたから、急迫不正の侵害は終了していた」として正当防衛も過剰防衛も否定した。
判旨
Vは、被告人に対し執ような攻撃に及び、その挙げ句に勢い余って手すりの外側に上半身を乗り出してしまったものであり、しかも、その姿勢でなおも鉄パイプを握り続けていたことに照らすと、Xに対する加害の意欲は、おう盛かつ強固であり、被告人がその片足を持ち上げて同人を地上に転落させる行為に及んだ当時も存続していたと認めるのが相当である。
また、Bは、右の姿勢のため、直ちに手すりの内側に上半身を戻すことは困難であつたものの、被告人の右行為がなければ、間もなく態勢を立て直した上、被告人に追い付き、再度の攻撃に及ぶことが可能であったものと認められる。そうすると、Bの被告人に対する急迫不正の侵害は、被告人が右行為に及んだ当時もなお継続していたといわなければならない。
として、過剰防衛を認めた。
急迫性の重要判例③平成29年4月26日判決
事案の概要
被告人Xは、知人Vから身に覚えのない因縁をつけられた。VはX宅の玄関扉を消火器で何度も叩いたり、電話で繰り返し怒鳴るなどしていた。
Xはその態度に立腹していたところ、その翌日の夕方、Vから電話でX宅マンションの前まで出てくるよう呼び出された。そこでXは包丁をズボンに隠し持って出向いた。
Vはハンマーを片手にXに近づき、Xは殺意をもってVの腹部を包丁で突き刺した。Vは死亡した。
判旨
侵害を予期していた場合でも、侵害の急迫性については侵害を予期していたからといって直ちに満たされないわけではない。
- 実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
- 行為者が侵害に臨んだ状況
- その際の意思内容
等を考慮し
その機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときなど、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
Xは、
①Aの呼出しに応じて現場に赴けば,Aから凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら,
②Aの呼出しに応じる必要がなく,
③自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず,
④包丁を準備した上,
⑤Aの待つ場所に出向き,
⑥Aがハンマーで攻撃してくるや,包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないままAに近づき,
⑦Aの左側胸部を強く刺突したものと認められる。
このような事情の状況に照らすと、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
侵害の急迫性の判断方法
侵害の急迫性の中心は「侵害が現在のものであるか、差し迫っている」ということです。
平成9年判決では、①攻撃の執拗さと凶器を握っていたことから攻撃の意欲を、②すぐに体制を立て直して攻撃ができるという点から攻撃の再開可能性を認定しています。
そこで、急迫性を検討するときには、
まず、現在侵害を受けているかを検討します。
現在の侵害であれば、急迫の侵害と言えます。
また、現在侵害を受けているわけではない時にも、
侵害者の侵害の意思が継続しているか、続けようと思えば侵害をすぐにでも再開できるかを検討します。
侵害の意思は内心のものですので、客観的な事情から推認します。
たとえば、侵害者が離脱しようとしているのか否か、その侵害行為の態様が強いか否か、などです。
そして、侵害をすぐにでも再開できるどうかの基準は、再開するまでの間に法による救済を受けることができるかどうかで判断します。
侵害を予期していた場合
前述のとおり、侵害を予期していた場合であって、それを回避するために退避しなかったとしても、それだけで正当防衛が否定されるわけではありません。
しかしながら、判例は、侵害を予期するのみならず、その侵害を予期したうえで行った対抗行為が、刑法36条の趣旨に照らして許容されない場合には、急迫性を否定するとしています。
重要なのは、回避義務があるわけではないということです。言い換えれば、自身の正当な利益を犠牲にして侵害者に譲歩する義務はないのです。つまり、回避しないことに合理的な理由がないのに予期した侵害を回避せず、対抗として反撃をした場合には、急迫性が否定されます。
その判断要素として、次の要素が挙げられます。
- 行為者と侵害者との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、予期した侵害と実際の侵害との異同
- 侵害回避の容易性、侵害場所に出向き、または留まる必要性
- 対抗行為の準備の状況、行為者が侵害に臨んだ状況、行為者が侵害に臨んだ時の意思内容
まず、重要なのは①です。そもそも侵害を予期していなければ、回避しないことが不合理とはとてもでなければいえません。加えて言えば、侵害を受ける可能性がほとんど確実であるといえなければ、回避しないのも合理的でしょう。
そして、その予期の内容と実際の侵害の状況が食い違っている場合には、侵害が予期できていたとはいえず、侵害を回避しない理由となるかもしれません。
次に、②です。回避するのが容易であったり、そもそも侵害を受けそうな場所に赴く必要がない場合に、あえて侵害を受けに行くという状況であれば、急迫性を否定されることになるでしょう。
そして、侵害を予期しながら、侵害に乗じて侵害者に積極的に危害を加えようとする意思があるような場合には、急迫性が否定されます。このような意思は、客観的な事情から推認されます。③がその代表例であり、過剰な準備や過剰な攻撃、先制攻撃があった場合には、予期したのみならずそれに乗じる意思があり、差し迫った侵害ではなかったと認められるでしょう。
おわりに
今回は正当防衛第1回ということで、「急迫」について解説をしました。ところで、積極的に危害を加えようとする意思は、防衛の意思にも関わってきます。
それについてはおそらく第3回で解説することになります。
▽参考文献▽
・大塚裕史『応用刑法I 総論』(日本評論社、2023)
・大塚裕史ほか『基本刑法I 総論[第3版]』(日本評論社、2019)
・佐伯仁志・橋爪隆編『刑法判例百選I[第8版]総論』(有斐閣、2020)