「事前に質問を送っておいたのに、名前も出されず、ちゃんと答えてくれたのかも分からない……」
株主としてそんな体験をしたら、モヤっとしますよね。
この記事では「取締役の『説明義務』ってどこまでなの?」という疑問に答える裁判例「東京高判昭和61年2月19日」を紹介します。
特に注目したいのは、「事前質問状に答えないのは違法なのか?」という点。司法試験でも問われやすいテーマなので、初学者の方でもわかりやすいように流れを整理しながら解説していきます。
目次
本判決の事案
(1)Y株式会社(被告・被控訴人)は、定時株主総会において、利益処分案の承認、取締役・監査役の選任および退職慰労金贈呈の決議を行いました。
(2)これに対し、Y社の株主X(原告・控訴人)は、主として以下のような理由に基づき、株主総会決議取消しの訴え(会社法831条1項)を提起しました。
ア 取締役による株主の事前質問状に対する一括回答は、誰がどのような質問をしているのかを明らかにしない一方的説明であって、会社法314条本文にいう説明に該当しない。
イ Xの質問状に記載された事項(㋑株主総会のあり方に関する事項、㋺Xが代表を務めるA社がY社に委託したビルの設計監理の仕事に関するXの不満)に対し説明しなかったことは説明義務違反(314条本文)であり、決議方法の法令違反である。
ウ 総会当日におけるXの質問に対し説明しなかったことは説明義務違反であり、決議方法の法令違反である。
(3)その後、第1審は請求を棄却したため、Xは控訴し、上記アについて、質問者の氏名を明示しなかったことは説明義務違反であり、決議方法の法令違反であるとの主張を追加しました。
説明義務(会社法314条本文)についての基本的事項の確認
取締役は、株主総会において、株主から特定の事項について説明を求められた場合には、当該事項について必要な説明をする義務を負います(314条本文)。
この義務が尽くされることにより、株主は議案に対する賛否の判断を行うために必要な情報を得ることができるのです。
そして、この義務に違反した場合、決議方法の法令違反として決議取消事由(831条1項1号)となります。
もっとも、違反の程度が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであれば、裁量棄却(同条2項)されることに注意が必要です。問題を解く際には、説明義務違反と裁量棄却の論点はセットとして覚えておくとよいでしょう。
Xの主張内容の解説
株主総会には事前質問状制度というものがあります。
これは、株主総会において質問する事項を事前に通知することができ、この通知が書面によりなされた場合には、取締役及び監査役は、株主総会において、説明のために調査を要するということを理由として説明を拒否することはできなくなります(会社法施行規則第71条)。
簡単に言うと、事前に質問状を提出すれば、会社側は、株主総会までの期間に質問事項について調査して、株主総会において回答する必要があるということです。
そして、このような質問状は多数提出されることがあるため、会社側はこれを予め質問項目ごとに整理し一括して解答することがあります。これを「一括回答方式」といい、現在では円滑かつ効率的な総会運営方法として定着しています。Xは、Y社のこのような一括回答において、質問者の氏名を明示しなかったことが説明義務違反であると主張しているのです(上記ア参照)。
さらに、Xは、質問状に記載された事項に対し説明しなかったことは説明義務違反であると主張しました(上記イ参照)。
この点につき、質問状の提出のみで取締役に説明義務が生じるのか、それとも、株主総会で改めて質問することによりはじめて説明義務が生じるのかが問題となりました。
本判決の規範定立及び当てはめ部分
(1)規範定立
「商法237条の3第1項(会社法314条)の規定する取締役等の説明義務は総会において説明を求められてはじめて生ずるものであることは右規定の文言から明らかであり、右規定の上からは、予め会社に質問状を提出しても、総会で質問をしない限り、取締役等がこれについて説明をしなければならないものではない。ただ、総会の運営を円滑に行うため、予め質問状の提出があったものについて、総会で改めて質問をまつことなく説明することは総会の運営方法の当否の問題として会社に委ねられているところというべきである。そしてまた、説明の方法について商法は特に規定を設けていないのであって、要は前期条項の趣旨に照らし、株主が会議の目的事項を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲の説明であれば足りるのであり、一括説明によっては右必要な範囲に不十分な点があったとすれば、それを補充する説明を求めれば足りることである。」
➡東京高裁は、取締役等の説明義務は株主総会において株主から説明を求められてはじめて生じるものであり、質問状の提出により説明義務が生じるものではないということを明らかにしました。また、質問状の提出があったものについて、株主総会において株主から改めて質問されるのを待つことなく説明することの是非は会社に委ねられているとしました。
これにより、株主は、事前質問状の提出のみならず、株主総会において改めて質問をしなければ、取締役等の説明義務違反を問えないことが示されました。
そして、説明義務の程度につき、株主が会議の目的事項を合理的に判断するのに客観的に必要な範囲の説明であれば足りるという一般論を定立しました。
これにより、本件以後、この一般論を基礎として、「平均的な株主が議題を合理的に理解・判断しうる程度の説明」であれば足りるとする裁判例が増加することになりました 。
(2)当てはめ
一括回答の際に質問者の氏名を明示しなかったこと(上記ア参照)につき、「説明は質問者に対しその求めた事項について行われるのであるから、説明の対象に質問者の氏名が含まれると解すべき余地のないことは明らかである。もっとも、多数の質問状に対し、質問者の氏名を明らかにすることなく一括説明をする場合は、個々の質問者において自己の質問状に対し説明があったかどうか必ずしも判然としないことが生じ得ないとも限らないが、そのときは前述のように改めて質問するのが相当であり、かつすれば足りることであり、本件において質問状の質問者を明らかにしなかったことは何ら説明義務を尽さなかったこととならない。」
Xによる事前質問状に対し説明しなかったこと(上記イ参照)につき、「Y社の取締役は株主総会のあり方等の質問について改正商法の趣旨を十分に配慮して総会を運営していく旨説明していることが認められるから、Xの質問書のうち㋑の事項については説明義務が尽くされたと認められる。また、㋺の事項は会議の目的たる事項に関しないものというべきである」。
Xの総会場における質問に対し説明しなかったこと(上記ウ参照)について、「質問の要旨は…いずれも会議の目的に関しない一般的事項について説明を求めるものというべきであり、取締役にはこのような事項についての説明義務は認められない。」
➡東京高裁は、上記のように判示して、一括回答の際に質問者の氏名を明示しなかったことには説明義務違反はないとしました。
もっとも、その一括回答が、自分が質問状でした質問への回答なのかどうか不明な場合には、株主総会にて改めて質問することにより、説明義務が生じるとしています。
これは、取締役等の説明義務は総会での質問によってはじめて生じるとする規範から導かれたものといえます。
そして、その他のXの主張については、質問内容が「株主総会の目的である事項に関しないもの」(会社法314条ただし書き)であるとして、説明義務は生じていないため、主張は認められないとしています。
おわりに
今回は取締役の説明義務と一括回答に関する裁判例について見ていきました。取締役の説明義務は司法試験・予備試験で過去に複数の出題がある論点であるため、しっかりと理解する必要があります。取締役の説明義務について詳しく学びたい方は、「Legal Quest 会社法 第4版」のP152~の解説がおすすめです
参考文献
・伊藤靖史・大杉謙一・田中亘・松井秀征「Legal Quest 会社法 第5版」(2021)
・会社法判例百選〔第4版〕別冊ジュリスト第254号(2021)