この記事では、病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)について、初学者の方でも分かりやすいように、丁寧に解説していきます。
まず初めに本判決を理解するための3つのポイントと簡単な結論を以下に示しておきます。
1. 本判決はどのような事案か
原告が病院開設中止「勧告」等の取り消しを求めて訴訟を提起した事案です。
2. 本判決の論点
行政指導である「勧告」に取消訴訟の訴訟要件である処分性が認められるかが論点となります。
3. 本判決の判断
結論としては行政指導である「勧告」に処分性を認めました。
目次
1 病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)の事案
1-1 病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)の事案説明
では事案の説明に入りましょう。下に図もつけておきましたので適宜参照してください。
なお、1-1の段階では事案や下の図をざっと把握する程度で結構です(わからない所があっても大丈夫です)。1-3までいったときに事案の全体を理解できることができるようになると思います。
・平成9年3月6日、X(原告)は富山県高岡市内に病院を開設するために富山県知事Y(被告)に対して病院開設許可申請を行いました。
・これに対しYは高岡医療圏における病院の病床数が、富山県地域医療計画に定める必要病床数に達していることを理由に医療法30条の7の規定に基づき病院の開設を中止するように勧告をしました。
・Xは本権勧告を拒否して、すみやかに本件申請に対する許可をするようにYに求ました。
・するとYは平成9年12月16日付で本件申請に対する開設許可処分をしました。しかしそれと同時に、「中止勧告にも関わらず病院を開設した場合、保健医療機関指定申請をしても拒否処分をすることとされている」旨の通告をしました。
・これに対し、Xは本権勧告(及び本件通告)の取消訴訟を提起しました。
この事案を理解するためには、事案に出てくる行政の行為の意味と性質をしっかりと押さえておく必要があります。
本件では勧告、開設許可、保険医療機関の指定拒否、という行政の活動が出てきます。
これらの意味はかみ砕いて言うと次のようになります。
勧告→病院の開設を辞めてもらえませんか?というお願い。
開設許可処分→病院を開設するために必要な都道府県知事の許可。
法律の要件を満たしている場合には必ず許可しなければならない。ちなみに本件でXはその要件を充足していました。
保険医療機関指定拒否→この病院を保険医療機関に指定してくださいという申請を拒否すること。
保険医療機関への指定がないと保険証を利用して診察をすることができない(そんな病院には誰も行かないので、許可を受けないと事実上病院の開設不能)。ちなみに本件では保険医療機関指定の申請もその拒否処分も実際には行われていません。あくまでも、もしこのまま手続きが進行していくとどうなるかという仮の話です。
次に、これらの行為の性質です。いきなりですがクイズです。
上の3つの行政の行為のうち行政行為はどれで、行政指導はどれでしょうか?
答えは
開設許可処分と保険医療機関の指定拒否が行政行為で、勧告が行政指導です。
「そんなの当たり前だよね」となる人は1-2を飛ばして1-3に進んでも大丈夫です。
以下1-2では行政行為と行政指導について、そして上のクイズの答えがそうなる理由について説明します。
1-2行政指導と行政行為の区別
行政行為とは「行政庁が、法律に基づき、公権力の行使として、直接・具体的に国民の権利義務を規律する行為」などと定義されます。
対して、行政指導とは「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するため特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないものをいう。」(行政手続法2条6号)と定義されています。
流石にこれだけだと何が何やらさっぱりわからないと思いますので、もう少しかみ砕いて両者の区別を説明しましょう。
両者の区別を一言で表現すると、法効果の有無です。
行政行為には国民の権利や義務を決定する法効果があります。
一方、行政指導にはそのような法効果はありません(このように国民の権利義務に影響を及ぼさない行為を事実行為と言います)。
行政行為の定義の「国民の権利義務を規律する」という部分から法効果を読み取ることができます。
ではこの事案に出てくる行政の各行為は行政行為でしょうか、行政指導でしょうか。
開設許可処分と保険医療機関の指定拒否は行政行為です。
申請に対する許可や拒否は国民の法的な権利を認めたり、制限したりするものなので法効果があり、典型的な行政行為と言えます。
そして勧告が行政指導でした。
勧告は法効果がなく、行政手続法2条6号でも行政指導の典型例とされていました。
1-3 病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)事案の説明再び
ここまでで勧告は行政指導であり、病院開設許可処分と保険医療機関指定拒否処分は行政行為であるということが理解できたと思います。す
その上で再度事案を確認していきましょう。
今まで学んだ行為の意味や性質を踏まえると本件の事案は次のようになります。
まずXが病院を開設しようとYに対して申請をしました。Yはその地域内の病床数が過剰になると考え、勧告(行政指導)により病院の開設をやめるようお願いをしました。しかし、Xはこのお願いを突っぱねて、早く許可処分をするように求めてきました。YはXが許可の要件を満たしている以上、病院開設許可(行政行為)をせざるを得ません。そこでYは許可するとともに「もし勧告に従わないまま保険医療機関の指定申請をしてきても、拒否(行政行為)されますからね(仮定の話)」という通告をしました。
2病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)の論点
まず、本判決でXは勧告についての取消訴訟を提起しています。
取消訴訟を提起するには取り消しを求める行政の活動に処分性があると言えなければなりません。(よくわからないという方は土地区画整理事業についての記事を参照してください)。
本件ではXは勧告の取り消しを求めていますから、勧告に処分性があるかが論点となります。
では勧告に処分性はあるのでしょうか。
一般には勧告のような行政指導には処分性はない、とされています。
なぜでしょうか。
処分性があると言えるためには①公権力性と②直接具体的法効果性がともにあることが必要でしたね。
しかし、上述のように行政指導は法効果がない事実行為です。すると②の「法効果性」が認められず、行政指導に処分性は認められません。
普通に考えるとこうなりますね。納得した方も多いでしょう。
しかし、本判決は勧告という行政指導に処分性を認めました。
3 病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)の判断・結論
ではなぜ本判決は勧告という行政指導に処分性を認めたのでしょうか。
それは保険医療機関指定(以下、指定といいます)申請の拒否処分」との関係が大きいのですが以下詳しく見ていきます。
3-1 病院開設中止勧告事件(最判平成17年7月15日)に明示された判断の理由
理由は大きく2つあります。
それは①勧告が指定拒否処分と連動していたこと、②指定拒否処分の不利益が甚大であること、です。
まず①について見ていきましょう。
指定拒否処分の要件は健康保険法43条の3第2項で「保険医療機関等トシテ著シク不適当ト認ムルモノナルトキ」と定められていました。
そして、同項の運用として上記の勧告に従わずに指定の申請をしてきたらこの要件に該当するとして拒否処分がなされることとなっていました。
つまり勧告に従わないと「相当程度の確実さをもって」(判例の言い回し)指定を受けられないという両者の連動があったわけです。
つぎに②についてです。
これは事案の説明の所でほぼ書いてしまったのですが「国民皆保険制度」が採用されている日本では保険証を利用せずに病院を受診する人なんてほぼいません。
すると保険医療機関の指定を受けることができないと開設自体を断念しなくてはならないという重大な不利益が生じることになります。
ここで①も②も書いてあること自体は理解できたという人が多いと思います。しかしこう思った方もいるでしょう。
「で、勧告の法効果は?」
少し前に「勧告には法効果性がないから、原則として処分性は否定される」と書きました。にもかかわらず判決は処分性を肯定したのだから、判決は何らかの理由で「勧告にも法効果があるのだ」と言ったのかな?と考えるのは何もおかしくありません。処分性を認めるための要件としても上述の通り「直接具体的法効果性」が要求されているのだからなおさらです。
しかし、本判決は勧告の法効果には言及していません。
この点で従来の処分性の判断の定式からは少し外れた判断になっているのです。
3-2 判決に明示されていないがおそらく理由となっている判断
このように、従来の判断の定式から外れてまで本判決が勧告の処分性を認めたのは実効的権利救済の観点を考慮したからだと考えられています。
どういうことでしょうか。
ここでまた例の図をご覧ください。
今まで確認してきた通り判例は「②(番号は図の中のもの)が⑦と連動していること」、「⑦が重大な不利益をもたらすこと」を理由に②に処分性を認めました。
ここで、⑦が問題なら⑦自体を争えば済む話なのでは?と思わないでしょうか。
しかし、現実にはそれが難しいのです。
なぜかと言うと、省令上病院開設者は⑥の申請の前に施設や人員を確保しなければならない仕組みになっていたため、⑦の拒否処分が出てはじめて争えるとすると病院開設者としては「もう施設も人員も確保したのに、事実上開業できない」という状態になるリスクを抱えなければならないことになります。
言い換えると⑦ではじめて争うのはXにとってはあまりにリスクが大きすぎて難しい状態でした。
このように⑦の不利益が大きいのに、⑦で争うのではXにとって現実的に難しい状態だったので、Xの実効的権利救済を図るために②の段階で処分性を認めて争うことを可能にしたわけです
4 おわりに
今回の記事では判決の前提となる事実関係の説明、前提知識の確認、判決の裏側にある考慮などに紙面を割いて説明しました。ぜひこれらを踏まえて判決文を読んでみてください。
少しでも判決が分かりやすくなっていれば嬉しいです。
◆参考文献◆
行政判例百選II〔第8版〕 別冊ジュリスト 第261号.
櫻井敬子,橋本博之(2019)『行政法[第6版]』弘文堂.
下山憲治,友岡史仁,筑紫圭一(2017)『行政法』日本評論社.
海道俊明,須田守,巽智彦,土井翼,西上治,堀澤明生(2023)『精読行政法判例』弘文堂
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