初学者でも分かる!長沼ナイキ基地訴訟のていねいな解説

法書ログライター様執筆記事です。

▽前回までの行政法の判例論点解説記事▽
【難解判例】土地区画整理事業と処分性をわかりやすく解説(前編)
土地区画整理事業事件(最高裁平成20年9月10日大法廷判決)を分かりやすく解説(後編)
初学者でも分かる!小田急線高架化判決の丁寧な解説
初学者でも分かる!長沼ナイキ基地訴訟の丁寧な解説←イマココ

かもっち

前回の「小田急線高架化判決」の内容が今回関係するんだ!

もしまだ読んでいなかったら、この記事を読んだ後に読んでみてね!(ページの最後にリンクを貼っています)

この記事では、長沼ナイキ基地訴訟(最判昭和57年9月9日)について、初学者の方でも分かりやすいように、丁寧に解説していきます。

本判例は自衛隊の合憲性が争点になった有名な判例ですが、この記事では主に行政法上の論点、具体的には取消訴訟の原告適格や訴えの利益にかかわる部分を解説します。

まず初めに、本判決を理解するための3つのポイントと、簡単な結論を以下に示しておきます。

①長沼ナイキ判決はどのような事案か?
保安林の指定解除処分について付近の住民が取消訴訟を提起した事案です。

②原告適格と訴えの利益の判断基準は?
原告適格の判断基準について判例は「法律上保護された利益説」をとっています。訴えの利益については処分の取り消しによって回復される権利利益があるかという判断が行われます。

③本判決における判断
長沼ナイキ判決では「直接の利害関係を有する者」に原告適格が認められましたが、代替施設の建設により訴えの利益が失われたと判断されました。

あひるっぺ

スポーツブランドみたいな事件名だね!あ…保安林って何なんだろう…?

長沼ナイキ判決の事案

事案を単純化すると次のようになります。

北海道の長沼町に航空自衛隊の基地を作るために農林水産大臣が保安林の指定を解除しました。

周辺住民のXらがこの指定解除処分の取消訴訟を提起しました。

そもそも「保安林」とは何でしょうか?林野庁HPによると以下のように書いてありました。

保安林とは、水源の涵養、土砂の崩壊その他の災害の防備、生活環境の保全・形成等、特定の公益目的を達成するため、農林水産大臣又は都道府県知事によって指定される森林です。

保安林では、それぞれの目的に沿った森林の機能を確保するため、立木の伐採や土地の形質の変更等が規制されます。

林野庁HP(https://www.rinya.maff.go.jp/j/tisan/tisan/con_2.html)

森林には、水源の涵養、土砂崩れの防止、洪水の緩和などの様々な機能があります。この機能を確保するために保安林では立木の伐採などが制限されます。

本件では自衛隊の基地を作らないといけないということで農林水産大臣はその保安林の指定を解除しました。Xら周辺住民からすれば保安林の指定を解除されたら洪水の危険が高まって困るということで本件処分を取消そうとしたわけです

ここで一つ補足なのですが、本件では保安林の代わりに治水ダムが建設されています。

この点が、後で重要になって来るのでぜひ覚えておいてください。

あひるっぺ

確かに、住民からすると、洪水が起こるかもと不安になるよね!

今回の事例で、取消訴訟を適法に提起できるのか、この後見ていくよ!

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原告適格や訴えの利益の判断基準

Xらは、保安林の指定解除処分について、取消訴訟を適法に提起できるのでしょうか?

取消訴訟を適法に提起するには、訴訟要件を充足していなければいけません。

そして、本件ではXらに「原告適格」および「訴えの利益」という訴訟要件が認められるか?が争点となりました。

かもっち

まず「原告適格」と「訴えの利益」の考え方について解説していくぞ!

原告適格について

原告適格については前回の小田急線高架化判決の解説で詳しく取り上げました。

原告適格とは要するに「その処分を取り消すことによって法律上の利益がある人でないと取消訴訟を提起できませんよ」ということでしたね。

判例ではこれについて一貫した判断基準を採用しており、その基準を「法律上保護された利益説」といいます。

「法律上保護された利益説」

「当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者」に原告適格が認められる。そして「当該処分を定めた行政法規が,不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず,それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には,このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たる。」(最判平成26年1月28日参照)

少しかみくだいて説明すると次のようになります。

【法律上保護された利益説を、短くまとめると】
法により「一般的公益」としてだけではなく「個々人の個別的利益として」も保護されている利益を「法律上保護された利益」といいます。

そしてその「法律上保護された利益」を侵害されるような人に原告適格が認められます。

ちなみに上記基準は長いですが、司法試験との関係では確実に覚えないといけない基準になります。

※前回の記事では原告適格の判断基準として行政事件訴訟法9条2項について詳しく解説しました。しかし今回の記事ではこれについては触れません。その理由については本記事の一番後に補足しますので気になる方はご覧ください。

あひるっぺ

「法律上保護された利益」と言えるためには「一般的公益」として保護されるだけでは足りず、「個々人の個別的利益」としても保護されている必要があるんだね!

訴えの利益について

「訴えの利益」は、処分から時間が経過して事情が変わったことで、原告が取消訴訟によって回復できる利益を失ったような場合に否定される要件です。

例えば、運転免許効力停止処分(いわゆる免停)について考えてみると分かりやすいです。

【訴えの利益の例:免停】
免停の期間が1年だとしましょう。すると1年後には免停は終わるわけですから、2年後に免停の取消訴訟を提起しても意味がありませんね。

なぜなら、1年が経過してしまった以上、免停を取消すことによって回復できる利益は失われるからです。このような場合に、訴えの利益は失われます。

あひるっぺ

確かに、免停の期間が終わった後に取消訴訟しても、意味がない!

本件での、訴えの利益についての、判断枠組みはどうでしょうか?判例では、以下のようにあります。

本件保安林指定解除処分後の事情の変化により、右原告適格の基礎とされている右処分による個別的・具体的な個人的利益の侵害状態が解消するに至つた場合には、もはや右被侵害利益の回復を目的とする訴えの利益は失われるに至つたものとせざるをえない。

難しい言葉で書かれていますが、要するに「ある処分による権利侵害状態がなくなったなら、もう処分を取消す必要性はないでしょう」ということになります。

長沼ナイキ判決における9条2項の適用と結論

原告適格は認められるのか?

結論としては、以下のような判断がなされました。

『直接の利害関係を有する者』は、保安林の指定が違法に解除され、それによつて自己の利益を害された場合には、右解除処分に対する取消しの訴えを提起する原告適格を有する者ということができる

では、それはどのような理由によるものでしょうか?

あひるっぺ

どんな理由なんだろう~?

原告適格が認められた理由

原告適格の判断基準を思い出してほしいのですが、「法律上保護された利益」といえるためには「一般的公益」として保護されるだけでは足りず、「個々人の個別的利益」としても保護されている必要がありましたね。

まず判例は、森林法の諸規定からその目的を以下としています。

当該森林の存続によつて周辺住民その他の不特定多数者が受ける生活上の利益とみられるものであつて、法は、これらの利益を自然災害の防止、環境の保全、風致の保存などの一般的公益としてとらえ、かかる公益の保護、増進を目的として保安林指定という私権制限処分を定めたもの

要するに、森林法は「一般的公益の保護」を目的とする法律だということです。すると、法律上保護された利益はなく、原告適格は認められないとも思えます。

しかし、判例はそのうえで、次のような規定がある点、及び森林法の沿革などに着目しました。

保安林の指定に直接の利害関係を有する者は、森林を保安林として指定すべき旨を申請できる(二七条一項)。また保安林の指定を解除しようとする場合に意見書を提出し、公開の聴聞手続に参加することができる(二九条、三〇条、三二条)。

「直接の利害関係を有する者」は手続き上、手厚く保護されています。

そこから、法は「一般的公益」を保護しているだけでなく、「直接の利害関係を有する者」の利益については「個々人の個別的利益」としても厚く保護していると考えられます。

このように本判決では本判決では「直接の利害関係を有する者」に原告適格が認められました。

あひるっぺ

「直接の利害関係を有する者」は手続き上、手厚く保護されていて、「個々人の個別的利益」としても厚く保護していると考えられるんだね!

訴えの利益は認められるのか?

原告が取消訴訟によって回復できる利益を失ったか?という判断についてみていきます。

そもそも本件での「回復される利益」とは一体何だったでしょうか?判例はこれを「保安林の存在による洪水や渇水の防止上の利益」としています。

上述の通り森林には洪水緩和機能があり、保安林指定解除の取消しによりそのような機能を回復させようとしているわけです。

あひるっぺ

あれ?でも、保安林の代わりに治水ダムが建設されたんじゃなかったっけ?

そうなんです。

ここで上述の治水ダム建設が重要になります。治水ダムという代替施設が建設された以上もはや洪水等の危険はなく保安林はいらないのではないか?との判断もありえますよね。判例でも、以下のように述べています。

本件におけるいわゆる代替施設の設置によつて右の洪水や渇水の危険が解消され、その防止上からは本件保安林の存続の必要性がなくなつたと認められるに至つた

ダムがない場合、保安林指定解除処分を取り消すことによって、洪水防止の利益が回復されるといえます。

しかし、ダムがあると保安林指定解除処分を取り消さなくても、既に洪水等防止の利益は回復されているため処分の取り消しによって回復される利益は存在しないということになるわけです

判例は以上のように考えXらの「処分の取消しを求める訴えの利益は失われる に至つた」と判断しました。

結論

結論としては長沼ナイキ判決は「直接の利害関係を有する者」に原告適格を認めたものの訴えの利益は失われたと判断しました。

※補足

前回の記事(小田急線高架化判決)では原告適格の有無について行政事件訴訟法9条2項を中心に解説しました。一方で今回の記事(長沼ナイキ基地訴訟)では9条2項には触れずに解説することにしました。

その理由は行政事件訴訟法の改正にあります。この3つを時系列順に並べると

長沼ナイキ基地訴訟

行政事件訴訟法改正(9条2項新設)

小田急線高架化判決

となります。つまり、長沼ナイキ基地訴訟の時点では9条2項はまだ存在していませんでした。

このような理由から今回の記事では9条2項について触れないという判断をしました。

しかし、皆さんが行政法の試験を受け、原告適格が問題となったときには当然9条2項に基づく論述が要求されるでしょう。

したがって、皆さんが試験において論述する際には「法律上保護された利益説を規範部分で示しつつ、具体的な当てはめは9条2項に従って行う」などの対策が考えられます。

初学者でも分かる!小田急線高架化判決の丁寧な解説は以下画像をクリックすると飛ぶことができます。

▽参考文献▽

行政判例百選II〔第8版〕 別冊ジュリスト 第261号.

櫻井敬子,橋本博之(2019)『行政法[第6版]』弘文堂.

下山憲治,友岡史仁,筑紫圭一(2017)『行政法』日本評論社.

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