不真正不作為犯の重要判例と論述のポイント

法書ログライター様執筆記事です。

前回までの刑法論点解説記事
刑法の因果関係の重要判例3選と論述のポイント
【刑法】共犯論の理解に必要な前提知識-共犯論#1
【刑法】共謀共同正犯を分かりやすく解説-共犯論#2
共同正犯の錯誤をどこよりも分かりやすく解説 共犯#3
【論証例】承継的共同正犯論をどこよりも分かりやすく解説 共犯#4
【未遂犯】クロロホルム事件の理解と論述のポイント
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はじめに|不作為犯とは?

そもそも「不作為」とは、何もしないことや、一定の行為をしないことを言います。「不作為犯」とは、何もしないことや、あるいは懈怠によって実現される犯罪等のことを指します。

不作為犯には、2つ種類があります。真正不作為犯不真正不作為犯です。

真正不作為犯」とは、不作為それ自体が構成要件となっている犯罪です。
つまり、条文上、罰されるのが、「~しなかった者」とされている犯罪類型です

一方で「不真正不作為犯」は、条文上作為が前提とされている罪を、不作為によって犯す類型です。

本稿では、不真正不作為犯を中心として解説していきます。それでは、具体的な事案を見ながら解説していきます。初めに「共犯#3」の記事でも出てきた、「シャクティパット事件」を見ていきます。

【条文の例】
住居侵入等
第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。

保護責任者遺棄等
第二百十八条 老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。

殺人
第百九十九条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する。

シャクティパット事件(最高裁平成17年7月4日)の解説

シャクティパット事件の事案の概要

Xは手をかざすことで病を治すことができると標榜して信奉者を集めていた。

Vとその息子Aは、Xを信奉していたところ、Vが脳内出血で倒れた。命に別状はないものの、意識障害を呈しているため、痰の除去や点滴のために入院をしなければならなかった。Vに後遺症が遺ることを危惧したAがXに治療を依頼したため、XはVを病院から自身の滞在するホテルに移すよう指示した。

Vの様子を見たXは、病院に戻さなければVが死亡する危険を認識したが、未必の殺意をもってVをホテル内に留めた。Vは痰により気道が閉塞し、窒息して死亡した。

シャクティパット事件の判旨

「以上の事実関係によれば、

1 Xは、自己の責めに帰すべき事由によりVの生命に具体的な危険を生じさせたうえ、
2 Vが運び込まれたホテルにおいて、Xを信奉するVの親族から、重篤な患者Vに対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。

その際、Xは,Vの重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから、直ちにVの生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措置を受けさせないまま放置してVを死亡させたXには,不作為による殺人罪が成立」する。

シャクティパット事件の解説

本判決は、先行行為排他的支配を根拠に、Vに医療措置を受けさせる作為義務があるとしています。

なお、Vを病院から連れ出させた行為でなく、ホテルに放置した行為に殺人罪が成立したのは、連れ出す指示をした時点では故意がなかったからです。

最高裁昭和33年9月9日の解説

昭和33年判決の事案の概要

Aの従業員だったXが、火鉢を自席のそばに放置したまま残業中に仮眠をとっていたところ、炭火から段ボール箱とその中に入った支払い用紙3万7000枚に引火した。

Xが目覚めると机に延焼しているのを発見した。自分で消火したり、他の宿直の人を起こしたりすれば容易に消し止められる状況ではあったが、自分の失策で火が付いたのが発覚するのを恐れてAの営業所から立ち去って帰宅した。

その後、A営業所と隣接する住宅などを、全焼または半焼させた。

昭和33年判決の判旨

被告人は自己の過失により右原符、木机等の物件が焼燬されつつあるのを現場において目撃しながら、その既発の火力により右建物が焼燬せられるべきことを認容する意思をもつてあえて被告人の義務である必要かつ容易な消火措置をとらない不作為により建物についての放火行為をなし、よつてこれを焼燬したものであるということができる。

不作為犯の成立要件

では、成立要件を細かく見ていきます。

作為義務

死にかけている人をただ見殺しにするだけで殺人犯扱いをするのは、無理があります。

同時に、時には「その状況で放置したのは殺したのと同じだ」と非難したくなることもあります。上記判例①はまさにその例の一つです。つまり、不真正不作為犯が認められるのは、その不作為を作為と同視できるときに限られます。

不作為を作為と同視できる状況とは、つまり、作為が義務付けられている状況と言い換えることができます。したがって、その基準を、作為義務と呼びます。

多元説

では、いかなる場合に作為義務が発生するでしょうか。

以下のようなものが考えられます。

法令法律上法益を保護する義務がある場合
契約保護するという契約をした場合
先行行為不作為に先立ち、一定の作為によって法益に危険を生じさせた場合
排他的支配その法益が保護されるかが専ら自らに依存している場合
保護の引き受け他者の法益の保護を引き受けた場合


このような要素があった場合には、他の者よりも法益に関心を向けるべきですので、保護のための作為が他の者よりも強く要求されることになります。

しかし、これらの要素は一つだけでは足りません。

まず、法令や契約により法益を保護する義務が負っていたとしても、その義務は民法上のものです。それに違反したとしても、ただちに刑罰を食らわなければならない理由にはなりません。

他のものも、単体で作為義務が認められることはありません。

通説は、法令・契約・先行行為・排他的支配・保護の引き受けといった要素を総合考慮して、不作為を作為と同視できるかを考えるとしています。これを多元説と呼びます。

二元説

総合考慮と言われても……。答案を書く側からすれば、これほど難しい要求もありません。

まぁ、具体的な事実をすべて拾って評価できれば及第点になるとは思います。ただ、『応用刑法I』では、総合考慮という曖昧な考え方は答案に向いていないとして、司法試験受験生には二元説が推奨されました。

二元説は、以下の二つを作為義務の要件とするものです。

【作為義務の要件】
1 先行行為または保護の引き受け
2 排他的支配

作為犯は、法益侵害までの①起点を作出し、②その因果の流れを支配していることが特徴です。作為犯と同視するためにはこの二点が一致している必要があるというのです。

この考え方を採ると答案も書きやすいですし、判例も①先行行為と②排他的支配が認められるケースがほとんどです。

作為可能性・作為容易性

法は不可能を強いないので、不作為犯が成立するためには、作為が物理的・心理的に可能である必要があります。

可能であるだけでなく、それが容易である必要があります。

不作為犯の因果関係

最高裁平成元年12月15日の事案

Xがホテルの客室内で13歳の少女Vに覚醒剤を注射した。Vは中毒症状を呈し、最終的に独力で起き上がることができなくなるまで悪化した。XがVを放置してホテルから立ち去ったため、Vは死亡した。

最高裁平成元年12月15日の判旨

Vは年若く生命力旺盛であったのだから、Xが直ちに緊急医療を要請していれば十中八九救命が可能であった。したがってVの救命は合理的な疑いを超える程度に確実と認められるから、Vの死亡とXの不作為との間に因果関係がある。

条件関係は、「あれなければこれなし」というスローガンでまとめられます。しかし、不作為犯の場合は、「作為あれば結果なし」に修正されます。

そして、100%確実に回避できたとまでは言えなくとも、期待された作為に出ていれば結果の回避が合理的な疑いを超える程度に確実と言えれば、条件関係が認められます。

不作為犯の論述のポイント

論述のポイント①問題提起

一番やりやすい問題提起の方法は、

(犯人の行為を簡単に述べる)。このような場合に、「殺した」(刑法199条)と言えるか。

のように、条文上の文言に即して行うことです。

論述のポイント②作為犯から先に検討する

不真正不作為犯は非典型的な類型ですので、その前にまず作為犯を検討します。特に、先行行為で法益侵害の危険を発生させた類型では、先行行為自体を実行行為とする作為犯ではないかという問題も生じます。

先行行為の段階で作為犯にならないのはただ一つ、その時点では故意がない場合だけです。

シャクティパット事件でも、ホテルに運び込ませた時点では殺意がないから、その後の放置を問題にするしかなかったのです。答案に書くかは別として、まず作為犯から検討しましょう。

論述のポイント③多元説と二元説

私見ですが、二元説を推奨する議論にはかなり説得力があります。とはいえ、多元説の方が通説的なので、どちらを採っても間違いとはいえないでしょう。

なお、二元説を採る場合でも、法令や契約による義務は作為義務を補強する要素として答案で触れておきましょう。

多元説においては、どれくらいの要素があれば作為義務が成立するのかが定まってません。なので、あてはめの段階で、説得力をもって作為犯との同視性を説明するよう頑張ってください。

▼参考文献▼

・大塚裕史『応用刑法I 総論』(日本評論社、2023)

・大塚裕史ほか『基本刑法I 総論[第3版]』(日本評論社、2019)

・『アガルートの司法試験・予備試験合格論証集 刑法・刑事訴訟法』アガルートアカデミー編著(サンクチュアリ出版、2020)

・佐伯仁志・橋爪隆編『刑法判例百選I[第8版]総論』(有斐閣、2020)

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