法書ログライター様執筆記事です。
前回までの連載
・【刑法】共犯論の理解に必要な前提知識-共犯論#1
・【刑法】共謀共同正犯を分かりやすく解説-共犯論#2
・共同正犯の錯誤をどこよりも分かりやすく解説 共犯#3
・【論証例】承継的共同正犯論をどこよりも分かりやすく解説 共犯#4←今ココ
目次
はじめに—承継的共同正犯とは?
承継的共同正犯とは?
すでに実行行為の一部が行われた後に共謀し、犯罪に加担した者に共謀前も含めてすべての実行行為につき責任を問えるかという論点です。
例—この場合はどうなるのか?
例えば、次のような場合です。
【例1】
Yは傷害の故意でVに暴行し、傷害を負わせた。その現場にXが現れたため、YはXと更なる暴行を加えることを共謀した。Xは共謀に基づきVへの暴行に加担したが、加担後の暴行では傷害を負わなかった。結局、加担前の暴行のみがVに傷害を負わせることになった。
Xは傷害罪の罪責を負うか?
【例2】
Yは強盗の故意でV方においてVに暴行を加え、畏怖させ抵抗を排除した。その場にXが現れたため、YはXと財物を強取することを共謀した。XはVが畏怖し抵抗できないことに乗じて、V方に安置されていた現金の占有を奪取した。
Xは強盗罪の罪責を負うか?
承継的共同正犯が認められた場合と、認められなかった場合のそれぞれで「どのような罪負を負うのか?」を考えてみて、次の章を読み進めてみてください。
例—承継的共同正犯を認めればどうなるのか
承継的共同正犯を認めれば…
【例1】:Xは傷害罪の罪責を負います
【例2】:Xは強盗罪の罪責を負います
承継的共同正犯を否定すれば…
【例1】:Xは単に暴行罪が成立するに留まります
【例2】:Xは窃盗罪が成立するに留まります
さて、では通説はどうなっているでしょうか。
通説
通説はありません。
承継的共同正犯を全面的に否定する説が説得力を持ちつつも、承継的共同正犯を部分的に肯定する有力説がいくつかあります。
では判例はどうでしょうか。
判例
判例は、承継的共同正犯を部分的に肯定しています。
しかし、判例の基準も明確ではありません。
困ったことに、「承継的共同正犯を認める基準はこれだ!」と断言することができません。
そこで本稿では、ふわふわと曖昧なことを言いながら、最後に論証案を示すことで納得させるという手法を採ることにします。
では、まずは判例をご覧ください。
承継的共同正犯の判例
承継的共同正犯の重要判例として、「最高裁平成24年11月6日判例」と「最高裁平成29年12月11日判例」を確認します。
最高裁平成24年11月6日事案の概要
Yらが共謀してVらに暴行して傷害を負わせた後に、被告人XがYと現場共謀して暴行に加担し、Vらの傷害を重篤化させた。
最高裁平成24年11月6日判旨
「共謀加担前にYらが既に生じさせていた傷害結果については、Xの共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有することはないから、傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく、共謀加担後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってCらの傷害の発生に寄与したことについてのみ、傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当で」ある。
「逃亡や抵抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ……事実があったとしても、それは、被告人が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機にすぎず、共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得る理由とはいえないものであって、傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断を左右するものではない。」
最高裁平成29年12月11日事案の概要
Vは宝くじに必ず当選する「特別抽選」に選ばれたと誤信していた。氏名不詳のYは、この誤信に乗じて、「違約金を払わないと次回の抽選にも参加できませんので、150万円を用意してください」などとうそを言った(本件欺罔行為)。Vはこの嘘を見抜き、警察と協力してだまされたふり作戦をして、現金が入っていない箱を指定された場所に発送した。
本件欺罔行為の後にYがXにこの箱の受け取りを依頼した。Xはこの依頼が詐欺被害金の受け取りであるとの未必の認識をもちながら、依頼を受け、この箱を受け取った。
最高裁平成29年12月11日判旨
「被告人は、本件詐欺につき、共犯者による本件欺罔行為がされた後,だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに、共犯者らと共謀の上、本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している。そうすると、だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず、被告人は、その加功前の本件欺罔行為の点も含めた本件詐欺につき、詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。
承継的共同正犯の重要判例の解説
1つ目の判例の補足意見では「強盗、恐喝、詐欺等の罪責を負わせる場合には、共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果について因果関係を持ち、犯罪が成立する場合があり得るので、承継的共同正犯の成立を認め得る」としています。これは、2つ目の判例が詐欺罪について承継的共同正犯を肯定していることと整合します。
詳しく見ると、1つ目の判例は、先行者の行為が「被告人が共謀加担後に更に暴行を行った動機ないし契機」になってるに過ぎない場合には、承継的共同正犯を認め得ないとしています。
それに対して2つ目の判例は、「本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している」ことを根拠にして承継的共同正犯を肯定しています。
さて、ではどのような場合に承継的共同正犯を認めればよいのでしょうか。
学説を見ていきましょう。
承継的共同正犯の学説
学説①承継的共同正犯否定説
共同正犯の処罰根拠は、結果実現への因果的寄与をしたこと(因果性)にあります。
否定説では、共謀前の行為には決して因果的寄与を及ぼし得ないことから、後行者に共謀前の行為に対する責任を負わせることは、責任主義の観点からあり得ないというのです。
学説②積極的利用説
後行者が先行者の行為を積極的に利用する意思を有していた場合に、承継的共同正犯を認める説です。
先行者の行為及びその結果を積極的に利用する意思が後行者にある場合には、後行者が関与していなくとも、相互利用補充関係にあると考える説です。
しかし、判例①との相性がよくありません。
判例①は、「先行者の暴行によって被害者が逃亡等することが困難である状況を利用する意思があったとしてもそれは承継的共犯を認める根拠にならない」としているためです。
学説③共同惹起説
先行者の行為の「効果」が継続しており、後行者の行為がその「効果」と共同して結果を実現した場合に承継的共同正犯を認めるという説です。
例えば例2では、Xは暴行・脅迫の行為に関与していないものの、先行者Yの暴行・脅迫によってVが畏怖したという効果は継続しており、その効果を利用して財物を奪取したのです。
判例①との関係では、Yの暴行の効果というものは傷害結果として確定していますので、Xの暴行は別の傷害結果を発生させたにすぎず、Yの暴行の効果と共同して更なる結果を引き起こしたなどという関係にはないわけです。
こう考えれば判例①と整合していますので、司法試験の答案戦略としてはこちらを利用するのがいいのでしょう。判例①の補足意見とも整合しています。
承継的共同正犯の論証案
すでに実行行為の一部が行われた後に共謀した上で残りの実行行為を共同した者(後行者)について、共謀前に行われた行為(先行行為)も含む実行行為の全部について共同正犯を認め得るかが問題となる。
共犯の処罰根拠は自己の行為が結果に対して因果的寄与を及ぼしたことにある。であれば、後行者は、先行行為に因果的寄与を及ぼすことはできない以上、共謀後の行為についてのみ責任を負うという見解もありうる。
しかしながら、先行行為の効果が継続している場合に、後行者がその効果を利用して結果を実現した場合には、利用した効果の限度で先行行為と後行者の行為とを合わせた一つの行為と見ることができる。
このような場合には、後行者は、効果の利用の限度で先行行為と合わせて共同正犯の責任を負うと解する。
おわりに
本稿では、積極利用説を否定して共同惹起説を使うという流れを採りましたが、別に積極利用説が悪いわけではありません。
判例①との相性が悪いと書きましたが、別に判例①と矛盾しない解釈も可能です。
また、他にもいくつか説があります。後行者の行為が本質的な法益侵害結果との間に因果性を有する場合に承継的共犯を認める見解などです。
通説がなく判例の基準も明確でない論点なので、それなりに有力な説を説得力をもって論じられれば大きく減点されることはないでしょう。
▼参考文献▼
・大塚裕史『応用刑法I 総論』(日本評論社、2023)
・大塚裕史ほか『基本刑法I 総論[第3版]』(日本評論社、2019)
・井田良『講義刑法学・総論[第2版]』(有斐閣、2018)
・佐伯仁志・橋爪隆編『刑法判例百選I[第8版]総論』(有斐閣、2020)
・『アガルートの司法試験・予備試験合格論証集 刑法・刑事訴訟法』アガルートアカデミー編著(サンクチュアリ出版、2020)
・尾棹司「わが国における承継的共犯論について」『法学研究論集 = Studies in law / 明治大学大学院法学研究科 (48):2017年度』(183頁以下)(2018)