司法試験受験生の皆さん、こんにちは。
今回は刑法総論の第一歩である「犯罪とは何か」というテーマについて、丁寧に解説していきたいと思います。刑法の学習において、この「犯罪概念の理解」は、いわば土台にあたる部分です。
この基礎がしっかりしていなければ、どれだけ条文や判例を覚えても、試験の本番で太刀打ちできません。ぜひ、ここでしっかりと理解を深めてください。
目次
1. はじめに:なぜ「犯罪とは」を学ぶのか
刑法は、人の行為を「犯罪」として定義し、それに対して刑罰という重大な制裁を科す法律です。したがって、刑法上「犯罪とは何か」という問題は、最も基本的でありながら、最も重要な問いです。
この問いに対する答えを構造的に理解することで、今後学ぶ殺人罪や窃盗罪といった個別の犯罪類型を正確に位置づけることができますし、事例問題を分析する際にも、論理的に思考を進めることが可能になります。
つまり、「犯罪とは何か?」という問いに向き合うことは、刑法を”言語化された思考の体系“として捉えるうえでの出発点なのです。
2. 犯罪の定義と三要件
刑法学上、「犯罪」とは次のように定義されています。
構成要件に該当し、違法かつ有責な行為
この定義が意味するところは、犯罪が成立するためには、以下の三つの要件をすべて満たしていなければならない、ということです。
- 構成要件該当性
- 違法性
- 有責性
事例問題において、罪責(犯罪の成否)を検討する際には、必ず①構成要件該当性→違法性→有責性の順番で検討します。
▼事例問題の検討の手順▼
刑法の勉強では、常に、今学習しているテーマが「構成要件該当性」に関することなのか、違法性なのか、有責性なのかを意識しながら進めてください。
では、それぞれの要件を順番に見ていきましょう。
3. 構成要件該当性:犯罪類型との一致
まずは「構成要件該当性」についてです。これは、行為が刑法に規定されている犯罪の類型に当てはまるかどうか、という問題です。
たとえば刑法199条の殺人罪には「人を殺した者は、死刑または無期もしくは五年以上の懲役に処する」とあります。この「人を殺した」という記述が、そのまま構成要件というわけです。
◆客観的構成要件要素
これは外から見て判断できる事実的要素です。
- 実行行為(たとえばナイフで刺す)
- 結果(相手が死亡する)
- 因果関係(刺した結果、死亡した)
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◆主観的構成要件要素
これは行為者の内心、すなわち「どういうつもりだったのか?」という要素です。
- 故意(犯罪事実を認識し、これを認容している心理状態)
- 不法領得の意思(他人の物を自分の物として、その経済的用法に従い、利用または処分する意思)※窃盗罪等で必要
- 目的犯(動機)
構成要件に当てはまるかを判断することは、まず第一の関門です。ここがクリアされなければ、そもそもその行為が犯罪の枠組みに乗ることすらありません。
4. 違法性:構成要件該当行為は原則として違法
構成要件に該当する行為は、原則として違法と考えられます。
なぜなら、構成要件は「社会にとって危険な行為の型」だからです。
刑法は、日本国公認の犯罪カタログみたいなものです。
ただし、例外的に、その行為に正当な理由がある場合には、違法とはされません。これを「違法性阻却事由」といいます。
◆主な違法性阻却事由
- 正当行為(刑法35条):医師が手術するなどの法令または業務上の正当な行為
- 正当防衛(刑法36条):急迫不正の侵害に対する自己防衛
- 緊急避難(刑法37条):自己または他人の権利を守るためのやむを得ない行為
たとえば、人を刺す行為は殺人の構成要件に該当しますが、相手が包丁を持って襲ってきたためにやむを得ず刺したのであれば、正当防衛が成立する可能性があります。これによって違法性が否定され、犯罪は成立しないことになります。
また、違法性阻却事由の中で特に重要なのが「正当防衛」です。
▽正当防衛の要件とは▽
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正当防衛の要件①急迫性をどこよりも分かりやすく解説【初学者から司法試験受験生まで】 | 法スタ
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5. 有責性:非難できるかどうか
構成要件にも該当し、違法性も阻却されない場合でも、それだけで犯罪が成立するわけではありません。最後に、「その行為者を責任に問えるか?」という観点、つまり有責性が問われます。
◆有責性を否定する代表例
- 法定責任阻却事由(心神喪失、刑事未成年)
- 超法規的責任阻却事由(違法性の意識の欠如、適法行為の期待可能性の欠如)
このような場合には、たとえ構成要件に該当し、違法でも、行為者を非難することができない、つまり犯罪は成立しないとされます。
責任を問えるかどうかの判断は、刑法が”行為者を処罰する”ことの正当性を担保する上で、極めて重要です。
入門段階では、法定責任阻却事由である心神喪失と刑事未成年を押さえおけば大丈夫です。
6. 犯罪成立の三段階構造
以上の三要件(構成要件該当性、違法性、有責性)は、次のような順序で検討していきます。
- 構成要件に該当するか? → 該当しない → 犯罪不成立
- 違法性は阻却されるか? → 阻却される → 犯罪不成立
- 有責性は認められるか? → 認められない → 犯罪不成立
このように、各段階を丁寧に確認していくことが、刑法事例問題を正確に分析する鍵となります。
7. おわりに:この三要件はすべての出発点
いかがでしたか?
刑法における「犯罪」の定義は、一見すると当たり前のように見えるかもしれませんが、実際にはこの三要件が判例・学説・事例問題のすべての基礎になっています。
例えば、ある事件について「正当防衛が成立するか?」を問う問題が出た場合、それは「違法性が阻却されるかどうか」の問題であり、この三要件のうちの一段階に位置するものです。
また、心神喪失者が事件を起こした場合には、「有責性が認められるか?」という観点が問われることになります。
このように、犯罪成立の三要件の理解は、刑法を構造的に理解し、論理的に問題を処理する力を養うために、絶対に欠かせない要素です。
そして、大事なのは、刑法における罪責(犯罪の成否)の検討は、構成要件該当性→違法性→有責性の順番に行う、という点です。
焦らず、一つひとつの要素を丁寧に理解し、条文、判例、学説を組み合わせながら、「なぜ犯罪なのか」「なぜ犯罪でないのか」を説明できるようにしていきましょう。
この基礎をマスターすることが、司法試験での合格答案に直結する第一歩です。
引き続き頑張っていきましょう。