民法94条2項の類推適用とは、同項を直接適用できない場合でも、類推適用によって善意の第三者を保護し、権利者への対抗を認める理論です。
この理論は民法の中でも基本的な論点の一つなので、判例が示す類型ごとに、94条2項の類推適用が認められるパターンを押さえておきましょう。
目次
民法94条2項はどのような規定か
民法94条2項の類推適用を理解するための前提知識として、まず民法94条2項がどのような規定なのかを簡単に見ていきましょう。
民法94条2項は、以下の要件が認められる場合に、善意の第三者を保護する規定です。
- 虚偽の外観が存在すること
- 虚偽の外観について第三者が善意であること
- 虚偽の外観について権利者と無権利者の間に通謀があること
94条2項が問題になる典型的なケースは、権利者ではない無権利者の名義で不動産の登記が行われた場合に、その登記の外観を信頼して、無権利者から当該不動産を購入した善意の第三者が、真の権利者に対抗できるか(要するに、善意の第三者が当該不動産の所有権を取得できるか)です。
たとえば、甲が所有者の不動産があるとします。不動産の真の権利者は甲ですが、甲は乙に依頼して、乙の名義で不動産を登記しました。
そして乙は、不動産の名義が自分にあることを利用して、自分が所有者であるかのように偽って、何も知らない(つまり善意である)丙に不動産を売却してしまいました。
無権利者にすぎない乙に代金を支払った丙は、真の権利者である甲に対抗できるのでしょうか。
この場合に、虚偽の外観(不実の登記)を信頼した善意の第三者を保護することで、取引の安全を図った規定が、民法94条2項です。
民法94条2項の直接適用と類推適用の違い
第九十四条 (虚偽表示)
相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
民法94条2項を直接適用する場合と、類推適用する場合とでは、どのような違いがあるかを見ていきましょう。
これは逆にいえば、どのような場合に94条2項を類推適用する必要があるかということです。
民法94条2項を直接適用するためには、権利者と無権利者の間に通謀(「相手方と通じてした虚偽の意思表示」の文言)があることが必要です。
要するに、権利者と無権利者が通謀して虚偽の外観を作出した場合(権利者が依頼して、無権利者の名義で登記した場合など)には、民法94条2項を直接適用して、善意の第三者を保護することができます。
しかし、権利者と無権利者の間に通謀がない場合は、要件を欠くため、民法94条2項を直接適用することができません。
もっとも、虚偽表示について権利者の帰責性が極めて大きい場合には(つまり、虚偽の外観が存在することについて、権利者の責任が非常に重いといえる場合には)、権利者と無権利者の間に通謀がなかったとしても、善意の第三者を保護する必要性が高いといえます。
そこでこのような場合に、民法94条2項を直接適用するのではなく、類推適用することによって、通謀がない場合でも第三者を保護しようという理論が採用されたのです。
注意点として、権利者と無権利者の間に通謀がある場合は、民法94条2項の類推適用を検討する必要はありません。直接適用できるからです。試験問題で、この点にひっかからないように注意してください。
民法94条2項の類推適用が必要になるのは、あくまで通謀がない場合であることを押さえておきましょう。
民法94条2項の類推適用を初めて認めた判例
民法94条2項の類推適用を初めて肯定した判例が、最判昭和29年8月20日です。
権利者Aが購入した不動産を、無権利者Cの名義で登記したところ、善意の第三者Dが、当該不動産の所有権をCから取得したという事案です。
権利者Aと無権利者Cの間に通謀がなかったことから、94条2項の類推適用によって、通謀がない場合でも善意の第三者を保護することが認められるかが問題になりました。
この点につき同判例は、不動産を無権利者の名義で登記したことが権利者の意思に基づく場合は、実質においては、権利者が無権利者と通謀して虚偽の外観を創出した場合と異ならないといえるから、民法94条2項を類推適用して、権利者は善意の第三者に対抗できない旨判示しました。
94条2項の類推適用が認められるケース
94条2項を類推適用するためには、「権利者の帰責性が極めて大きいといえる場合」という条件が必要です。
そこで、試験などで94条2項の類推適用の可否を検討するにあたっては、権利者の帰責性が極めて大きいといえるかを考える必要があります。
この点について、判例が権利者の帰責性が極めて大きいといえる場合を類型化しているので、パターンごとに見ていきましょう。
意思外形対応型
権利者が積極的に関与したケース
最判昭和41年3月18日
未登記の建物の所有者が、他人に同建物の所有権を移転する意思がないのに、同他人の承諾を得たうえで、同建物について同他人名義の登記をしたときは、民法94条2項を類推適用して、同建物の所有者は善意の第三者に対抗できないとしました。
本人が事後的に外形を承認したケース
最判昭和45年9月22日
他人によって不実の登記が行われた場合でも、権利者が不実の登記について知りながら、その存続を明示または黙示に承認していたときは、94条2項の類推適用によって、権利者は善意の第三者に対抗できないとしました。
無権利者が第二の外観を作出した場合(意思外形非対応型)
本人が作出した以上の外形が作出されたケース
最判昭和43年10月17日
権利者の承認によって第一の虚偽の外観(仮登記)が作出された後、登記名義人の背信行為によって第二の虚偽の外観(本登記)が作出され、これを第三者が信頼した場合でも、94条2項、110条の法意によって、の類推適用が認められる場合があることを判示しました。
このケースのポイントは、無権利者が作出した第二の外観については、権利者が承認していない点にあります。
しかし、第二の虚偽の外観が作られたそもそもの原因が、権利者による第一の外観の作出にあることから、権利者の帰責性が大きいと判断されたのです。
「94条2項、110条の法意」と「94条2項、110条の類推適用」の違いに戸惑っている読者もいるでしょう!
この点は、上級者向けの問題意識だ!
まずは「94条2項の類推適用の事案」と「94条2項、110条の類推適用(法意)の事案」の違いを理解してみよう。
なぜ、判例は94条2項のみならず、110条を持ち出しているのだろうか。
権利者が虚偽の外観を全く承認していない場合(全部非対応型)
最判平成18年2月23日
権利者が虚偽の外観について全く承認していない場合であっても、権利者が無権利者に対して、登記済証、印鑑登録名証書、無権利者に言われるままに、権利者から無権利者に売り渡す売買契約書に署名押印、権利者が無権利者に実印を渡し、権利者の面前で登記申請書に押印するところを漫然と見ていたという事案において、94条2項、110条の類推適用によって、善意・無過失の第三者を保護する判決をしました。
具体的には、以下のいずれかの場合には、権利者の行為の帰責性の程度があまりにも大きいため、承認がなくても、94条2項の類推適用が認められる場合があるとしています。
- 権利者の不注意が、自ら虚偽の外観の作出に積極的に関与した場合と同視できるほど重い
- 権利者の不注意が、虚偽の外観について知りながらあえて放置した場合と同視できるほど重い
ただし、同判例は、あくまで権利者の不注意があまりにもひどすぎる場合に、例外的に94条2項及び110条の類推適用が認められるケースがあることを示しているにすぎません。
試験において、権利者が虚偽の外観を全く承認していない場合には、94条2項の類推適用が認められるかは、慎重に検討する必要があります。
最後に
民法94条2項は、虚偽の外観を信頼した第三者を保護するための規定です。
具体的には、真の権利者とは異なる無権利者の名義の登記を信頼して、無権利者から不動産を購入した第三者が、当該不動産の所有権を真の権利者に対抗できるかという問題です。
同項を直接適用するには、権利者と無権利者の間に共謀が必要です。
共謀がない場合でも、虚偽の外観の作出について権利者の帰責性が極めて大きい場合には、善意の第三者を保護しようというのが、94条2項の類推適用の理論です。
どのような場合に94条2項の類推適用が認められるかは、判例が類型化しているので、各パターンをきちんと整理して押さえておきましょう。
参考文献
・民法 94 条 2 項の類推適用について 処分禁止の仮処分をしなかったことによる帰責(鳥山泰志)
・民法94条2項の類推適用に関する一考察(西牧正義)