初学者でも分かる!小田急線高架化判決のていねいな解説

この記事では、小田急線高架化判決(最大判平成17年12月7日)について、初学者の方でも分かりやすいように、丁寧に解説していきます。

 この判決のポイントを一言でまとめると、

 「行政事件訴訟法9条2項により、広く原告適格を認めた判例」となります。

そして、この本判決を理解するための3つのポイントと簡単な結論を以下に示しておきます。

1 本判決はどのような事案か

ある事業により騒音や振動などの被害を受ける人たちによる事業認可の取消訴訟を認めるべきか、ということが問題となりました。

2 原告適格の判断基準

 第三者に原告適格が認められるかは行政事件訴訟法9条2項に従って判断されます。

3 本判決における9条2項の適用と結論

 当該事業が実施されることにより騒音,振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれのある者(Xさん達のうちの一部)に原告適格を認めました。

小田急線高架化判決の事案

 事案を単純化すると次のようになります。

 小田急線の連続立体交差化をする都市計画事業について建築大臣が東京都に対して都市計画事業の認可を行いました。

この事業により、騒音などの被害を受ける可能性のあるXさん達がこの認可の取消訴訟を提起しました。

さて、「連続立体交差化」という見慣れない言葉がありますね。これは要するに街中にあった線路を高架に上げしたり地下に下げたりして踏切を減らしましょう、ということです。これを実現するためには相当大規模な工事が必要となってきそうですね。このような事業について建築大臣が「認可」という処分を行うことでGOサインを出しました。

Xさん達は周辺に住む住民なのですが、「そんな工事をされたらうるさくて生活できない」ということで、「認可」を取消そうとしたわけです。

原告適格の判断基準

原告適格とは何か

Xさん達はそのような取消訴訟を適法に提起できるのでしょうか。

取消訴訟を適法に提起するには訴訟要件を充足していなければいけません。

そして、本件ではXさん達に「原告適格」という重要な訴訟要件が認められるかが争点となりました。

原告適格とは要するに「その処分を取り消すことによって法律上の利益がある人でないと取消訴訟を提起できませんよ」ということです。

例えば飲食店への営業停止命令という処分を考えてみましょう。命令を受けた店は処分の相手方であり、営業ができなくなります。処分を取消すことができれば営業ができるようになりますから法律上の利益を受けることになります。このような場合原告適格が認められます。

反対に北海道の飲食店への営業停止命令について、沖縄に住んでいる全く無関係のおじさんには原告適格は認められず、取消訴訟を提起することはできません。おじさんはなんの不利益も受けておらず処分を取り消すメリットがないからです。

原告適格の判断基準

上の例は極端な例なのでわかりやすいですが、実際に原告適格が問題となる事案はその中間的な事案が問題となります。つまり処分の相手方でもないが全くの無関係でもない人が取消訴訟を提起したいというような場合です。本件はまさにそのような事案です。本件では認可の相手方は東京都なので、Xさんたちは処分の相手方ではありません。しかし、騒音等の被害を受けることになるため全く無関係という訳でもありません。

ではこのような人に原告適格が認められるかはどのような基準で判断されるのでしょうか。

処分の相手方以外の第三者に原告適格が認められるかは、行政事件訴訟法9条2項の判断基準に従って判断されます。この条文は超重要条文なので引用しておきます。

行政事件訴訟法9条2項

裁判所は、処分又は裁決の相手方以外の者について前項に規定する法律上の利益の有無を判断するに当たつては、当該処分又は裁決の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するものとする。この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たつては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たつては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案するものとする。

とても長く複雑な条文ですが、構造を図にすると分かりやすいのでご安心ください。櫻井・橋本『行政法〔第6版〕』283頁に掲げられている図を引用します。

第4回 原告適格の基礎(その1) - 行政法を学ぶ

 (https://gyoseihou.hatenablog.com/entry/2021/06/11)

 ちなみに①の部分は解釈の指針のようなものですので実際に考えるべき要素は②から⑤となります。そしてこの図からもわかる通りこれらの考慮事項は②と④でひとかたまり、③と⑤でもうひとかたまりという風にくくられます。④は②の、⑤は③の子分というイメージです。

※あくまでイメージですので答案で「子分」とか書くのは絶対にやめましょう。

要するに9条2項は、処分の相手方以外の者が「法律上の利益を有する」か否かについて②から⑤の事項を考慮して丁寧に判断しましょうということを規定しているんですね。②から⑤の具体的内容については3で判決を見ながら学んでいきましょう。

小田急線高架化判決における9条2項の適用と結論

 さて、この判決は9条2項の②から⑤の考慮事項について全て丁寧に検討しています。以下その判断を見ていきましょう。

②&④について

 ②では処分の根拠法の趣旨目的を検討します。そして、④では関係法令の趣旨目的を検討します。

 判例は処分(本件では事業認可)の根拠法である都市計画法(②)と公害対策基本法や東京都環境影響評価条例などの関係法令(④)について趣旨目的をチェックしました。

その結果「同法の規定は,事業に伴う騒音,振動等によって,事業地の周辺地域に居住する住民に健康又は生活環境の被害が発生することを防止し,もって健康で文化的な都市生活を確保し,良好な生活環境を保全することも,その趣旨及び目的とするものと解される。」と都市計画法の趣旨目的が認定されました。

 どのように法の趣旨目的を検討するかというと、その法律の目的規定(だいたい1条に置かれています)やその他の規定の在り方から判断します。例えば都市計画法では「都市計画を決定しようとする旨の公告があったときは,関係市町村の住民及び利害関係人は,縦覧に供された都市計画の案について意見書を提出することができるものとしている(17条1項,2項)。」のですがこの規定からは同法が周辺住民の利益を保護しようとしていることが伺えます。

③&⑤について

③では処分によって侵害される権利利益の内容等を検討します。⑤では法令違反の処分がなされたらどんなにひどい損害が生じるか(損害の態様・程度)等を検討します。

 判例は③につき侵害される権利利益を「健康又は生活環境」についての利益とました。騒音や振動で健康や生活環境が害されるということはすんなりと納得できると思います。さらに⑤につき「事業地の周辺地域に居住する住民が,当該地域に居住し続けることにより上記の被害(※騒音や振動等による被害)を反復,継続して受けた場合,その被害は,これらの住民の健康や生活環境に係る著しい被害にも至りかねないものである。」(⑤)としました(※部分は筆者による挿入)。そしてそのような著しい被害を「直接的に受けるおそれのある」住民は処分を取り消すことにつき「法律上の利益」を有するとして原告適格を認めました。

結論

 結論としてはこの小田急線高架化判決はXさん達のうちの一部(著しい被害を直接的に受けるおそれのあるもの)に原告適格を認めました。

おわりに

今回は原告適格についての重要判例を学習しました。

原告適格の問題は「行政事件訴訟法9条2項をきちんと使いこなせますか?」という問いですので、9条2項について丁寧に当てはめている本判決は答案作成上も大変参考になります。

この記事で大まかな考え方を理解したら是非判例集や判決原文にあたってみてください。

▼参考文献▼

行政判例百選II〔第8版〕 別冊ジュリスト 第261号.

櫻井敬子,橋本博之(2019)『行政法[第6版]』弘文堂.

下山憲治,友岡史仁,筑紫圭一(2017)『行政法』日本評論社.

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