共同正犯の錯誤をどこよりも分かりやすく解説 共犯#3

法書ログライター様執筆記事です。

前回までの連載
【刑法】共犯論の理解に必要な前提知識-共犯論#1
【刑法】共謀共同正犯を分かりやすく解説-共犯論#2
・共同正犯の錯誤をどこよりも分かりやすく解説 共犯#3←今ココ
【論証例】承継的共同正犯論をどこよりも分かりやすく解説 共犯#4

はじめに—共同正犯の錯誤論とは?

共同正犯とは、二人以上の人間が意思疎通して、犯罪を行うことを言います。
しかし、時には、共同正犯の間で認識や考えに齟齬が生じる場合があります。
そのような場合に「共同正犯の錯誤」と呼んでいます。

責任主義の名の下に、各人の故意に基づいて裁くという命題は、一部実行全部責任の原則という命題と真っ向からぶつかり合うことになります。

共同正犯者間の誤解は、彼らを裁いたり、起訴したり、弁護したりするときには、全く別の難問と化します。

理論的に3つのポイントが重要になります。分かりやすいよう分解し、順番に説明をしていきます。

【重要なポイント3つ 共犯の錯誤論を考えるための視点】
①共謀の成立
 共同正犯が成立するのか?(その不一致が、共謀の成立すら否定するか)
②共謀の射程
 その行為が共謀の範囲内にあるか?(共謀とは無関係に行われたのではないか)
③錯誤論
 刑法38条に基づくとどうなるか?

日常の生活においても、様々な齟齬が発生しています。
(ボールペンを取ってほしいのにシャープペンシルを渡されたという些細なものから、日持ちしないプリンを500個入荷しちゃったというものまで、世界は様々なミスコミュニケーションで溢れています)

共同正犯者間の場合では、どのような場合に「共同正犯の錯誤」が発生する可能性があり、どこが見るべきポイントになるかを解説していきます。

例—どのような場合に共同正犯の錯誤が発生する?

例えば、次のような場合です。

【例1】
A校の伝説の番長Xと、その腹心Yは、先日のB校所属のVらによる襲撃事件について話し合っていた。Yが「このままだとナメられっぱなしですよ!」との説得に応じ、2人の間でVを「やってしまおう」との合意に至った。

この時点で、2人の間には「やってしまおう」という言葉の認識に齟齬が発生していた。
X:暴行を加え、痛めつける程度の意味だと認識(殺意はなかった)
Y:「殺ってしまおう」という意味だと認識(殺意があった)

その齟齬に気づかず、XとYは、B校から帰宅していたVに暴行を加え、Vを死亡させた。

こんな場合どうなるでしょう
①XとYはそれぞれ暴行を加えたが、Yの暴行によりVは死亡した場合
②Xの暴行によりVは死亡した場合

共謀とは、二人以上の者が合意して悪事などをたくらむことです。
この例では、謀議を行ったXとYの間に意思の不一致があります。
そもそも意思が一致していない場合には共謀は成り立たないのではないでしょうか?

ポイント①共謀の成立

共謀で意思の齟齬が存在した場合に、まずは以下2点が問題となります。

共謀の成立における問題点
・共謀は成立しているのか?
・どの程度の不一致なら共謀が成立するのか?

上記の問題を見る中で、共同正犯の本質が関係してきますので、はじめに解説していきます。

共同正犯の本質

「共同正犯」そのものの、根本的な意味について見ていきます。
まず、考え方については「犯罪共同説」と、「行為共同説」の2つの説が対立しています。

共同正犯の本質
犯罪共同説:
犯罪(構成要件に該当し、違法で有責な行為)を共同することを共同正犯の本質とする説(複数人が一つの犯罪を一緒に行ったと見なし「数人一罪」と捉えます)。

行為共同説:
自然的行為(人の行い)を共同することを共同正犯の本質とする説(全員が個別に犯罪行為を行ったと見なし「数人数罪」と捉えます)。

通説・判例が採っているのは「部分的 犯罪共同説」です。
部分的 犯罪共同説:故意の異なる共同正犯者間でも、構成要件の重なる範囲内で、共同正犯が成立する説

犯罪共同説によれば、犯罪の構成要件をすべて共同する意思があって初めて共同意思があるといえます。そして、共同正犯者同士の罪名及び科刑は一致します。

共同したとはいえません。

行為共同説では、行いを分担した者はすべて共同正犯です。一部実行全部責任の原則によって基本的に罪名は一致すると思われますが、故意に齟齬があればそれに従って各人がそれぞれ対応する罪名で処されます。

通説・判例が採っているのは「部分的 犯罪共同説」というものです。

これは、故意の異なる共同正犯者間でも、構成要件の重なる範囲内で、共同正犯が成立するという説です。

判例を見て理解を深めていきます。

共同正犯の本質を理解するための判例

シャクティパット事件の概要(最高裁平成17年7月4日)

Xは手をかざして病気を治す超自然的能力を有すると喧伝して信奉者を集めていた。そんな中、脳内出血により意識障害をきたした息子Vの治療の依頼をYから受けた。息子Vは命に別状はないものの、痰の除去や水分の点滴などを必要としていた。XはYに対して、自分なら後遺症も残さず治せる旨告げ、息子Vを病院から連れ出すことを指示した。

その後、Xは、未必の殺意をもって、自らの支配下にあるVの生命を維持するのに必要な措置を講じなかった。

シャクティパット事件の判旨

Xには不作為の殺人罪が成立し、「殺意のない患者の親族(Y)との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となる」となりました。

インスリン不投与事件の概要(龍神インスリン不投与事件第1審判決、宇都宮地裁平成29年3月24日)

Xは龍神を名乗り、死神を退散させることで難病を治療できると標榜していた。V(当時7歳)は1型糖尿病に罹患しており、インスリンの定期投与をしなければ数週間で死に至る状態ではあるものの、インスリン投与により通常の生活を送ることができていた。Vの母Aは、自分の子が難病に罹患したことにショックを受け、藁にも縋る思いでXに治療を依頼した。

Vの父Yは、Xに疑念を抱いてはいたものの、半信半疑のまま、Xに従っていた。
Xは、殺意をもって、Aに執拗に脅しめいた文言を交えつつ、インスリンを投与しないよう指示しつつ、Yにもインスリンを投与しないよう意思を通じた。

Vは、1型糖尿病による衰弱により死亡した。

インスリン不投与事件の判旨

当審はXにはAとの関係では殺人罪の間接正犯が成立し、道具でこそないが殺意のないYとの間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると結論した。Xは控訴・上告したがいずれも棄却された。

罰条

1 刑法60条(ただし保護責任者遺棄致死の範囲で)、199条

重要判例の解説

共謀が成立するには、故意が一致している必要があります。
ただし、構成要件の重なり合う範囲であれば、その部分を限度として共謀が成立します。

「シャクティパット事件」という名前は聞き覚えはないでしょうか。
不真正不作為犯に関する判例ですが、同時に、殺人の故意のある謀議者が、殺人の故意のない謀議者との間で保護責任者遺棄致死の範囲で共同正犯が成立することを示した初の判例です。

この判例のように、故意の内容が異なる場合には、構成要件の重なる範囲で、共同正犯が成立します。

なお、このような場合、罰条の表示は「刑法60条(ただし保護責任者遺棄致死の範囲で)、199条」となります。論述の際に参考にしてください。

ポイント②共謀の射程(共謀の因果性)

共謀が成立しているとしても、共謀した行為と実行した行為が乖離していた場合に、その実行が「共謀に基づく実行」と言えるのかが問題となります。

これは共謀の射程の問題です。(共謀の射程は「共謀の因果性」ともいいます)

共謀の射程については、動機・目的を中心に、総合的に判断されます。

共謀の射程 判断するポイント
①動機・目的の同一性、犯意の単一性
②共謀と実際の実行行為の共通性(被害者・犯行態様・被侵害法益)
③過剰な行為と共謀により予定した行為との間の関係(場所的・時間的近接性、同一の機会に行われたかどうか)

例えば、次のような場合です。

【例2】
XとYはVを暴行することを共謀し、共同してVを暴行した。Vが観念して降参したことでその場は収まった。その3日後、Yと遭遇したVが、Yを「Xがいないとなにもできない腰抜け」などと挑発したため、携行していたナイフでVを刺殺した。

この例では、共謀の後にYが殺人の実行行為を行っていますが、当初の暴行が終了し、3日後と時間が経過した後に、それと無関係の挑発により殺意を生じたため、共謀の射程は及ばないと考えられます。

共謀の射程が及んでいないため、3日後のYの実行行為はXに帰責されません。よって、Xには傷害罪の共同正犯、Yには傷害罪の共同正犯と殺人罪の単独正犯が成立し両者は併合罪となります。

【例3】
XとYは最近調子こいてるVにナメた態度をとらせないようにするため、Vを暴行することを共謀し、共同してVを暴行した。しかしながら、Vが、XやYに対する畏敬の念を抱きそうになかった。そのため、YはVに対して殺意を生じ、Yは携行していたナイフを用いてVを刺殺した。

先ほどの例とは違い、暴行の最中(同一の機会)に、ナメた態度をとらせないためという目的で殺害したものです。そのためこちらの例では、共謀の射程が及ぶと考えられます。

こちらの罪責については次のセクションで解説していきます。

ポイント③共同正犯の錯誤

例3では、共謀の射程が、Yの実行行為に及んでいるため、Xにも罪責が及びます。ただ、殺意のないXに、殺人罪の共同正犯の責任を負わせていいのでしょうか?良い訳がありません。

これは責任主義の問題となります。

「共謀も成立」し、「②共謀の射程」も及ぶため、錯誤論の話になります。
ここでようやく、本題に入っていきます。

共同正犯の錯誤に関する重要判例

最高裁昭和54年4月13日 事案の概要

暴力団の組長であるXは組員であるYらと共に、兵庫県警のA巡査に暴行を加えることを共謀し、Aの所在する派出所前に出向いた。XはAに「こっちへこんかい勝負したる」などと罵倒したのに対して、Aが応答した。Aの応答に激高したYが殺意を持って、くり小刀でAを突き刺し、失血死させた。

判旨

Yが殺人罪を犯したということは、被告人Xらにとつても暴行・傷害の共謀に起因して客観的には殺人罪の共同正犯にあたる事実が実現されたことにはなるが、そうであるからといつて、被告人Xらには殺人罪という重い罪の共同正犯の意思はなかつたのであるから、被告人Xらに殺人罪の共同正犯が成立するいわれはない。

殺意のなかった被告人Xらについては、殺人罪の共同正犯と傷害致死罪の共同正犯の構成要件が重なり合う限度で軽い傷害致死罪の共同正犯が成立するものと解すべきである。

故意の有無は刑法第38条が基準となる

各共犯者の「故意」の有無やその程度の判断は、刑法第38条が基準となります。

故意
第三十八条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。
3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

要するに、修正された法定的符合説

共同正犯の錯誤の場合にも、修正された法定的符合説が採用されます。

故意と結果の間に齟齬があり、2つの構成要件に跨る場合、構成要件の重なり合う範囲内で、より軽い罪が適用されるということです。

したがって、例3で言うと、加重結果に対する故意を要求しない判例の説を採れば、Xは傷害致死罪の共同正犯が成立します。

さきほどまでの議論と似ていてややこしいですが、共同正犯の本質論と錯誤論は異なります。

部分的犯罪共同説は、修正された法定的符合説と議論の仕方が似ていますが別物です。

おわりに

共同正犯者の一方が他方の意図と異なる行為を行った場合の処理は、以下の順序で見ていきます。

①共謀の成立 共同正犯が成立するのか?(その不一致が、共謀の成立すら否定するか)
②共謀の射程 その行為が共謀の範囲内にあるか?(共謀とは無関係に行われたのではないか)
③錯誤論 刑法38条に基づくとどうなるか?

共同正犯の射程と錯誤は、結構頻出論点といってよいでしょう。そもそも共犯が超頻出論点なのですが。

しかし、次回はもっとホットな論点を取り扱います。

個人的に共犯の双頭の怪物と勝手に呼んでいる、二つの論点があります。

「短答を荒らすのはコイツだ! 違法身分と責任身分は覚えたか!?」

悪鬼・共犯と身分

「共謀したら最後! その瞬間、この傷もお前の『罪』だー!」

暴龍・承継的共犯

次回は承継的共犯です。

▼今回の参考文献▼

・大塚裕史『応用刑法I 総論』(日本評論社、2023)

・大塚裕史ほか『基本刑法I 総論[第3版]』(日本評論社、2019)

・佐伯仁志・橋爪隆編『刑法判例百選I[第8版]総論』(有斐閣、2020)

・前田雅英「判批」WLJ 判例コラム特報第211号(2020、文献番号2020WLJCC023)

射程の判断―行為計画に基づいた故意―」中大院45号(2016年)203頁以下

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