「よど号ハイジャック記事抹消事件のポイントは?」

「よど号ハイジャック記事抹消事件はいかなる基準で判断した?相当性の基準とは?」

「よど号ハイジャック記事抹消事件の時代背景とは?」

在監者の人権制約は、憲法上想定されていますが、在監目的達成のために必要最小限にとどまるものでなければならないと解されています。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件は、在監者の新聞閲読の自由を制限することは、違憲ではないのか。違憲ではないとしてどのような場合に制限が認められるのか、その基準が問題となりました。

当サイトでは、憲法の重要判例である森林法違憲判決、南九州税理士会三菱樹脂事件堀木訴訟博多駅テレビフィルム提出命令事件等の解説記事を公開しています。あわせてご確認いただけますと幸いです。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件とは

よど号ハイジャック事件と当時の情勢について理解しましょう。

よど号ハイジャック事件とは

よど号ハイジャック事件とは、1970年(昭和45年)3月31日に、共産主義者同盟赤軍派の活動家9人が東京発福岡行きの日本航空351便「よど号」をハイジャックし、乗客乗員を人質に取ったうえで北朝鮮に向かうように要求した事件です。

当時は、ハイジャック犯罪への対処法が未熟だったこともあり、よど号の犯人の要求通り、同機は乗員・乗客の一部を解放した後、北朝鮮に向かいました。

よど号の犯人らは北朝鮮に投降し、令和の現在でも、未解決の事件となっています。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件の概要

Xらは、1969年(昭和44年)の国際反戦デー闘争に関連して、凶器準備集合罪などにより起訴されて、東京拘置所に勾留されていました。

勾留中に、読売新聞を購読し差し入れを受けていましたが、よど号ハイジャック事件について報道された昭和45年3月31日から4月2日までの記事がすべて黒く塗りつぶされた状態で配布されたために、読むことができませんでした。

そこで、Xらは、知る権利が奪われたとして、この処分の無効と国家賠償を求めて訴えを提起した事件です。

なお、Xらは、「未決勾留」中だったわけで、拘禁刑として収監されていたわけではない点もポイントです。

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件の背景

事件当時は、全共闘、安保闘争などの新左翼運動が盛んで、東京拘置所などの刑事収容施設には、こうした集団公安事件の関係者が多数収容されており、在監者らによる獄中闘争と呼ばれる秩序侵害行為が多発していました。

よど号ハイジャック事件の記事を読んだXらが感化されて、ひと騒動起こすのではないかとの懸念から、東京拘置所が記事をすべて黒塗りしたという事情がありました。

特別権力関係理論とは

在監者の人権制約の根拠として、戦前は、特別権力関係理論が提唱されていました。

特定の者が特別の法律上の原因によって、一般の統治関係とは異なる特別の関係に入った場合は、一般の国民の場合よりも基本的人権を広く制限されることを正当化する理論のことです。

具体的な内容は次のとおりです。

・法治主義が排除され、特別権力主体に包括的支配権が認められる。
・一般国民に認められる基本的人権が法律の規定によらずしても制限される。

もっともこうした伝統的な特別権力関係理論は、現在の日本国憲法の下では妥当しないと解されています。

現在の日本国憲法では、

・国会を唯一の立法機関としている。
・徹底した法治主義の原則を採っている。
・基本的人権の尊重を基本原則としている。

ためです。

在監者の人権についても、戦前は、特別権力関係理論が当然に当てはまったかもしれませんが、日本国憲法の下では、どのような人権がどのような根拠によってどの程度制約されるのか具体的に明らかにする必要がありました。

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在監者の人権が制約される根拠とは

在監者は、拘禁、戒護、矯正教化のために人権について一定の制約を受けることになります。

日本国憲法の下でも、

・憲法18条で犯罪に因る処罰ならば、その意に反する苦役に服させられることがある旨。
・憲法31条で法律の定める手続によるなら、自由を奪われて、刑罰を科せられることもある旨。
・憲法34条で正当な理由があれば、拘禁されることもある旨。

がそれぞれ示唆されていることから、在監者の人権が制約されることが想定されており、在監者の人権を制約する根拠とされています。

もっとも、在監者の人権制約が無制限に認められるわけではなく、在監目的達成のために必要最小限度にとどまるものでなければならないと解されています。

在監者の人権制約については、よど号ハイジャック記事抹消事件以前には、監獄内における喫煙の自由の制約が妥当なのかどうかが問題になった判例がありました。

最高裁は、「必要な限度において、被拘禁者のその他の自由に対し、合理的制限を加えることもやむをえない」旨を判示しており、喫煙を禁止する規定は、憲法13条に違反しないとの判決を下しています(最大判昭和45年9月16日 民集 第24巻10号1410頁)。

たばこは嗜好品に過ぎない上、罪証隠滅や火災発生の恐れもあることから、喫煙を制限することも必要かつ合理的なものと判断されました。

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いわゆる禁煙処分事件は、よど号ハイジャック記事抹消事件と合わせて押さえておこう!

旧監獄法の規定

東京拘置所長が記事の黒塗り(抹消処分)を行った根拠法は、当時の監獄法と監獄法施行規則です。

当時の監獄法31条には、

1 在監者文書、図画ノ閲読ヲ請フトキハ之ヲ許ス
2 文書、図画ノ閲読ニ関スル制限ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム

と定められており、在監者に対する文書、図画の閲読の自由を制限することを認め、制限の具体的内容を命令に委任していました。

これを受けて、監獄法施行規則86条1項は

文書図画の閲読は拘禁の目的に反せず且つ監獄の紀律に害なきものに限り之を許す

と定めていました。

すでに述べた通り、東京拘置所長は、よど号ハイジャック事件の記事に感化されたXらが獄中闘争を激化させることを懸念して、「監獄の紀律に害がある」と判断して、記事を抹消処分したわけです。

裁判の経緯

1審、控訴審共に、記事の閲読を許すことにより、拘置所内の秩序維持が著しく困難となる相当の蓋然性が認められる場合は、その目的を達するために合理的な範囲においてのみ制限が認められるとし、監獄法と監獄法施行規則の規定は、違憲ではなく、本件の抹消処分も適法と判断しました。

そこで、Xらが上告し、最高裁大法廷に事件が持ち込まれました。

最高裁大法廷(最大判昭58.6.22)の考え方

Xらの上告に対し、最高裁大法廷がどのように判断したのか見ていきましょう。

新聞紙、図書等の閲読の自由について

新聞紙、図書等の閲読の自由は、「民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるため」に、憲法上保障されるべきと述べました。

思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条、表現の自由を保障した憲法21条の派生原理として当然に導かれるものですし、国民は個人として尊重される旨を定めた憲法13条の規定の趣旨に沿うものだからです。

新聞紙、図書等の閲読の自由が制約されることはあるのか?

最高裁は、閲読の自由は、制約が絶対に許されないものではなく、「それぞれの場面において、これに優越する公共の利益のための必要から、一定の合理的制限を受けることがある」と述べています。

未決勾留により監獄に拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由の制限が認められるのか

(よど号ハイジャック記事抹消事件の要点整理ノート)

未決勾留により監獄に拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由についても、

・逃亡及び罪証隠滅の防止
・監獄内の規律及び秩序の維持

といった観点から、必要とされる場合に一定の制限を加えられることはやむをえないと述べています。

ただ、Xらは、未決勾留中に過ぎません。

最高裁も、未決勾留は、刑事司法上の目的のために必要やむをえない措置なので、これにより拘禁される者は「原則として一般市民としての自由を保障される」べき者であるため、閲読の自由の制限も上記の目的を達するために「真に必要と認められる限度にとどめられるべき」としています。

そこで、新聞紙、図書等の閲読の自由の制限が認められるのは次の場合であるとの基準を示しました。

・閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持が害される一般的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りない。
・具体的事情のもとにおいて、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があることを必要とする。

そして、この場合でも閲読の自由の制限の程度は、上記の障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどめるべきとしています。

本件へのあてはめ

まず、監獄法31条と監獄法施行規則86条1項の規定は合憲か?については、「上記の要件及び範囲内でのみ閲読の制限を許す旨を定めたものと解するのが相当であり、かつ、そう解することも可能である」として、違憲ではないとの判断を下しました。

そのうえで、東京拘置所長が行った抹消処分については、「東京拘置所内で獄中闘争が相当頻繁に行われていた状況にあった」と認定したうえで、Xらに記事の閲読を許すことで、「拘置所内の静穏が攪乱され、所内の規律及び秩序の維持に放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるものとしたことには合理的な根拠があり、当時の状況のもとにおいては、同所長の判断に裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできない」と判断し、Xらの上告を棄却しました。

ワンポイントアドバイス

・よど号ハイジャック記事抹消事件では、「相当性の基準」を採用した。
・「相当性の基準」の適用は、監獄所長の「裁量的判断」によるものとして、適用レベルでは、緩やかな判断をした。時代背景を前提とした救済判例であるとの指摘もなされている。

まとめ

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件の判決で、最高裁が新聞閲読の制限が認められる場合の基準として、「相当の蓋然性」基準を示したことが注目されました。

現在では、監獄法は廃止され、刑事施設収用法(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律)に変わっています。

同法69条において、被収容者が自弁の書籍等を閲覧することを原則として、禁止し又は制限してはならない旨が定められていますが、一方で同法71条で、「刑事施設の長は、法務省令で定めるところにより、被収容者が取得することができる新聞紙の範囲及び取得方法について、刑事施設の管理運営上必要な制限をすることができる。」と定められています。

この規定から、現行法でも、新聞記事の抹消が可能とされていますが、その場合は、よど号ハイジャック新聞記事抹消事件で最高裁が示した基準が参考になると解されています。

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