司法試験受験生の皆さん、行政法の学習にようこそ。
この科目に初めて触れる方の中には、「行政法は掴みどころがなくて難しそうだ 」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。確かに、行政法には民法や刑法のように体系的に整った一つの大きな法典があるわけではなく、複数の法律や制度、理論が複雑に絡み合って構成されており、慣れるまではその全体像を把握するのが難しいと感じるかもしれません。
しかしながら、行政法は単なる知識の暗記にとどまらず、法的思考力を育てる上でも非常に重要な意味を持つ科目 です。なぜなら、行政法は、行政という巨大な権力が私たち国民に対してどのように作用し、私たちがそれにどう向き合うべきかという実践的な問いに答える法だからです。日常生活の中で、行政と無関係で過ごすことは不可能です。住民票の交付、道路交通規制、福祉制度の利用、教育、医療、さらには感染症対策に至るまで、私たちは常に行政の影響を受けながら生活しています 。
そして、法律家として将来、弁護士、裁判官、検察官などの立場に立つとき、行政の行為が適法であるかどうかを判断し、不当な行政権の行使から人々の権利を守る視点が不可欠 になります。
行政法はまさに、現実に起きている問題と深く結びついている実務法分野なのです。
行政法を学ぶ意義に関しては、以下の記事で詳細に解説しています。もっと詳しく知りたい方はぜひ、ご一読ください。
▽行政法入門#1 行政法を学ぶ意義は?▽
法スタ
司法試験受験生のための行政法入門#1:行政法をなぜ学ぶのか? | 法スタ
皆さん、こんにちは。司法試験を目指して日々努力されていることと思います。 今回の講義では、「行政法入門」と題しまして、司法試験受験生として必ず押さえておきたい行…
目次
行政法の3領域|組織法・作用法・救済法
行政法は大きく次の三領域に分かれます。
行政組織法【重要度低い】
第一に「行政組織法」。
<行政組織法の学習範囲とは?> これは行政機関の構造と権限を規律する領域です。ここでは、国や地方公共団体などの行政主体と、それに属する各種行政機関(省庁、知事、市長など)の法的位置付け、権限の範囲、相互関係などを学びます。 例えば、ある行政処分を下すにあたって、それを行う行政機関に権限があるかどうかという「権限の有無」は、その処分の適法性を問ううえで重要となります。また、地方自治の仕組みや自治体の独立性などもこの分野に含まれ、国家と地方の関係についての理解も求められます。
行政組織法は、事例を検討するための前提知識のような位置付けだ!重要度は低い。
【重要】行政作用法
第二に「行政作用法」。
<行政作用法の学習範囲とは?> ここでは行政機関が実際に行う活動、すなわち国民に対する許可、命令、指導、通知、調査などの手続きや内容が問題となります。特に重要なのが「行政行為 」、いわゆる行政処分です。行政処分とは、行政が法に基づいて一方的に国民の権利義務に法的効果を及ぼす行為であり、司法試験でも頻出分野です。処分の定義や分類(許可、認可、命令など)、その法的効力(公定力、不可争力など)、違法な行政処分に対する対応(無効と取消しの区別)などを丁寧に学ぶ必要があります。 さらに、行政契約 や行政指導 、行政計画 、行政調査 といった処分以外の活動形式についても理解を深めることが求められます。加えて、これらの行政活動が適切に行われるための一般的なルールを定めた「行政手続法 」は、特に重要です。処分の手続や不利益処分の際の聴聞・弁明の機会付与、行政指導の手続、届出に関する規定などは、論文試験でも頻繁に出題されます。
【行政作用法(行政活動法)とは?】
行政作用法とは、行政が国民に対して行う様々な具体的な活動に関するルールを定めた法分野であり、行政法の中でも最も広範かつ中心的な領域です。
特に、試験においても出題頻度が高いため、確実な理解が求められます。
① 行政行為(行政処分)
行政法上、最も典型的かつ重要な行政活動の形式であり、公権力の発動により国民の権利義務に直接的影響を与えるものです。
定義と分類 「許可」「認可」「命令」「免除」など、様々な類型に分類され、それぞれ異なる法的性質を有するため、個別の理解が必要です。
効力 例え違法な行政行為であっても、裁判所などの権限ある機関により取り消されるまでは原則として有効とされる(=公定力)。
瑕疵・無効・取消しの区別 行政行為に瑕疵がある場合、それが重大かつ明白であれば「無効」、そうでない場合は「取消しうる行政行為」として扱われます。救済手段の選択にも直結する重要概念です。
② その他の行政活動形式
行政行為以外にも、行政が行う多様な活動が存在し、それぞれに異なる法的性質を持ちます。
行政契約 :行政と私人が対等の立場で結ぶ契約。
行政指導 :協力要請等、法的拘束力を伴わない任意的措置
行政計画 :将来的な行政の目標や施策を定める方針的文書(例:都市計画)
行政調査 :事実関係の把握を目的とする調査活動(例:立入検査)。
③ 行政手続法(行政活動の「手続」ルール)
《行政手続法》 (目的等) 第一条 この法律は、処分、行政指導及び届出に関する手続並びに命令等を定める手続に関し、共通する事項を定めることによって、行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意思決定について、その内容及び過程が国民にとって明らかであることをいう。第四十六条において同じ。)の向上を図り、もって国民の権利利益の保護に資することを目的とする。
行政活動の透明性・適正性を確保し、国民の権利利益を守るために定められた一般法です。
申請に対する処分 :許認可等の申請に対し、行政が応答する際のルール。
不利益処分 :聴聞・弁明など、国民に不利益を及ぼす処分に対する手続保障。
行政指導 :行政指導の実施方法や文書化のルール。
届出 :法令に基づく届出制度の運用ルール。
※行政手続法の条文は予備短答・司法予備論文で頻出。趣旨、要件、効果を正確に理解することが不可欠です。
④ 行政上の義務履行確保
私人が法令上の義務を履行しない場合に、行政がこれを強制的に実現するための制度です。
それぞれの要件や手続の違いが問われます。
(⑤ 情報公開・個人情報保護)
現代行政の透明性確保および個人の権利保護の観点から、非常に重要な制度です。
情報公開制度 :国・地方公共団体の保有する情報へのアクセス権。
個人情報保護制度 :自己情報の適正な取扱いに関する法的枠組み。
→ 司法試験対策上は、重要度は低いですが実務的には重要な分野です。
【超重要】行政救済法
第三に「行政救済法」。
≪行政救済法の学習範囲は?≫ これは、行政の行為によって権利や利益を侵害された国民が、どのようにして救済を求めることができるかを定めた分野です。まずは、行政庁自身に対して行う「行政不服審査法 」による審査請求。これは比較的簡易・迅速な手段として用意された制度であり、その対象・請求人適格・審査基準などが学習のポイントとなります。 さらに、裁判所を通じて違法な行政活動を争う「行政事件訴訟法 」。中でも「取消訴訟 」は最も中核的な訴訟類型であり、訴訟要件(処分性 、原告適格 、訴えの利益な ど)や本案審理における違法事由の議論、そして行政行為の執行停止の制度について、深い理解が必要です。その他にも「無効確認訴訟 」「不作為の違法確認訴訟 」「当事者訴訟 」「民衆訴訟 」「機関訴訟 」なども存在し、それぞれの趣旨と手続の違いを押さえることが重要です。 また、行政が違法な行為によって国民に損害を与えた場合に、国家賠償請求が認められる制度(国家賠償法 )、適法な行政行為であっても、特定の国民に特別な犠牲を強いる場合に公平の観点から補償される「損失補償 」の制度なども含まれます。
行政による法執行の結果、国民の権利利益が侵害された場合に、どのようにその救済を受けるかを定める法体系です。 行政法の学習においては、違法な行政行為の是正・撤回 や損害の補填 など、実践的かつ実務意義の強い分野であり、いわば「行政法のクライマックス 」です。
① 行政不服審査法←飛ばしてもOK
■ 概要
行政庁による行政活動に対して、同じ行政機関(又は上級行政庁)にその違法・不当を訴える制度です。 裁判所に行く前段階として、迅速かつ簡易な手続による救済が期待されます。
■ 審査請求の重要事項
対象適格 :どのような行政行為が不服申立ての対象になるか
請求人適格 :誰が審査請求できるのか(利害関係人、処分を受けた本人等)
手続の流れ :申立て → 審理 → 裁決
② 行政事件訴訟法←超重要
■ 概要
行政庁の行為に対して、裁判所に適法性を争うことを認める制度です。法の支配を実現するための重要な仕組みです。
■ 訴訟の種類(分類と目的)
(行政事件訴訟) 第二条 この法律において「行政事件訴訟」とは、抗告訴訟、当事者訴訟、民衆訴訟及び機関訴訟をいう。
訴訟類型 主な目的・特徴 抗告訴訟 行政処分等の効力そのものを争う(例:取消訴訟・無効確認訴訟) 当事者訴訟 国家と私人との法律関係を争う(例:公務員の地位確認訴訟) 民衆訴訟 公共の利益のために私人が提起(例:選挙無効訴訟) 機関訴訟 公法上の争いに関し、国または地方公共団体の機関間で争う(例:知事と市長の争い)
■ 重要な訴訟要件
処分性 :取消訴訟の対象となるか。
原告適格 :誰が訴えを提起できるか
訴えの利益 :訴訟によって得られる現実的な利益があるか
■ 本案審理と違法事由
行政処分に違法があると認定されれば、裁判所は取り消し等を命じます。
違法事由の例 :理由提示の欠如、手続違反、裁量の逸脱・濫用など
■ 執行停止
原則として、訴訟提起中も行政処分の効力は維持されます。
重大な損害のおそれがある場合は、裁判所が効力を一時停止することが可能です。
③ 国家賠償法
《国家賠償法は全6条のコンパクトな法令≫ 第一条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によつて違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。 ② 前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。 第二条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。 ② 前項の場合において、他に損害の原因について責に任ずべき者があるときは、国又は公共団体は、これに対して求償権を有する。 第三条 前二条の規定によつて国又は公共団体が損害を賠償する責に任ずる場合において、公務員の選任若しくは監督又は公の営造物の設置若しくは管理に当る者と公務員の俸給、給与その他の費用又は公の営造物の設置若しくは管理の費用を負担する者とが異なるときは、費用を負担する者もまた、その損害を賠償する責に任ずる。 ② 前項の場合において、損害を賠償した者は、内部関係でその損害を賠償する責任ある者に対して求償権を有する。 第四条 国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。 第五条 国又は公共団体の損害賠償の責任について民法以外の他の法律に別段の定があるときは、その定めるところによる。 第六条 この法律は、外国人が被害者である場合には、相互の保証があるときに限り、これを適用する。
■ 概要
行政機関やその職員の違法な公権力行使により国民が損害を受けた場合、国や地方公共団体に対し損害賠償を求める制度です。
■ 主な要件(国家賠償法第1条)
行為主体:公務員が職務上行った行為
違法性:法令違反(注意義務違反等)
過失(故意)
損害の発生
因果関係
④ 損失補償
■ 概要
行政の行為が適法であっても、それが一部の国民に特別な犠牲を強いた場合、その不公平を是正するために補償を行う制度です。
■ 典型例
土地収用によって所有権が奪われた場合
公共施設の建設により経済的価値が著しく下がった場合
■ 学習ポイント
損失補償は「適法な行為」にもかかわらず生じる不利益を救済
憲法29条3項との関連性が強く、行政法と憲法の架け橋としても重要
行政法の学習ポイント
行政法の学習では、次の点を意識すると効果的です。
学んでいる内容が行政法全体の中でどこに位置づけられるのか を常に意識しましょう。組織 、作用 、救済 という三本柱を意識することで、学習の迷子になることを防げます。
理論と個別法、抽象的原則と具体的事案を繋げる力 を意識してください。たとえば比例原則がどのような処分に当てはまるか、裁量権の逸脱・濫用がどういう事案で問題になるかを考えるクセをつけましょう。
主要な条文の解釈力 を高めましょう。行政手続法、情報公開法、行政不服審査法、行政事件訴訟法、国家賠償法など、条文知識が試験で直接問われる場面は少なくありません。単に読むのではなく、「なぜこの手続が必要なのか」「どのような効果を生むのか」を理解することが求められます。
判例の学習は行政法では極めて重要 です。単に結論を覚えるのではなく、事案の概要、問題となった法的争点、裁判所の判断枠組み(条文、理論、他の判例など)を論理的に追うようにしてください。判例を通して、抽象的だった行政法理論が、実際の事案の中でどのように具体化され、判断の基準となっているのかが見えてきます。
過去問で実践する 。繰り返し述べていますが、とにかく過去問で実践してください。
さいごに
行政法は、抽象と具体、理論と実務、制度と現場が交差する非常に奥深い科目です。
最初は難解に思えるかもしれませんが、一つ一つの制度の背景にある「なぜこのルールがあるのか?」という問いを大切にしながら学習を進めていくことで、着実に力がついていきます。
焦らず、丁寧に。そして、常に法的思考を意識して、行政法を「試験科目」ではなく「実務で使える法」として理解していきましょう。司法試験合格を目指す皆さんの行政法学習が、将来の実務において大きな力となることを願っています。
行政法入門1及び2で全体像をつかめた方は、さっそく重要判例の学習に取り掛かろう!
法スタでは、行政法の重要判例30選を公開しています。超重要判例だけをセレクトしています。初学者の方はまずはこの30選をマスターしましょう!
▼行政法の重要判例30選▼
法スタ
司法試験受験生のための行政法の重要判例30選【初学者から上級者まで】 | 法スタ
皆さん、こんにちは!今日は行政法の重要判例30選をご紹介するぞ! 行政法は、判例百選も2冊あって、重要判例が多すぎ!困ってます! 今回は、初学者の方向けに、「これ…