この記事では、反則金納付通告事件(最判昭和57年7月15日)について、初学者の方でも分かりやすいように、丁寧に解説していきます。
まず初めに本判決を理解するための3つのポイントと簡単な結論を以下に示しておきます。
この記事の概要
1 本判決はどのような事案か
原告が反則金納付通告の取り消しを求めて訴訟を提起した事案です。
2 本判決の論点
反則金納付通告を取消訴訟で争う事の適切性が問題となりました。
その判断の際には①通告の性質をどう理解するのか(通告により法律上の義務が生じるか)、②刑事訴訟との関係をどう理解するのかが問題となります
3 本判決の判断
結論としては反則金納付通告に処分性を認めませんでした。
理由は
①通告により法律上の義務は生じないこと
②反則行為の有無は本来刑事手続きで争うべきであること
です。
目次
反則金納付通告事件の事案
では事案の説明に入りましょう。
- X(原告)は自動車を道路の左端に沿って駐車しなかったとして道交法47条2項違反の被疑事実で現行犯逮捕されました。
- 取調べの際Xは「駐車違反(反則行為)をしたのは自分ではない」と言いましたが、翌日違反事実を認めて反則金を仮納付して釈放されました。
- 後日大阪府警本部長が反則金納付の公示通告をしたため、反則金を納付したものとみなされました。
- Xは駐車違反をしたのは自分ではないので上記通告は違法であるとして反則金納付通告の取消訴訟を提起しました。
今回の事案は比較的わかりやすいですね。
要するに駐車違反で逮捕されたXが「駐車違反をしたのはオレじゃない!」と主張しているのですが、そのことを反則金納付通告の取消訴訟で争えますか?という事案です。
さて、2に進む前にもう1つのステップがあります。それは交通反則通告制度について大雑把に理解しておこうということです。
この制度は要するに、
道路交通法違反の行為のうち比較的軽微なもの(反則行為)については反則金を払えば刑事手続きにはしませんよ
という制度です。
反則行為は本来犯罪ですので刑事手続きで審判されるものなのですが、反則金を支払えばこれを行政手続にとどめておくことができるのです。違反者とすれば反則金を払えば刑罰を科される危険性はなくなって一安心ということになります。
どういう風に手続が進んでいくのかについては北海道警察のサイトに非常に分かりやすい図があったので引用しておきます。
(https://www.police.pref.hokkaido.lg.jp/info/koutuu/traffic_violation_notice_system/05-summary.html)
まず警察官が「あれ?反則行為じゃない?」と現認します。
すると警察官はその人に対して「あなたのソレ反則行為ですからね」と告知します。
その後、都道府県警本部から反則金納付通告がなされます。
この通告を受けた者が反則金を任意に納付したときは、その事件については公訴が提起されなくて済みます。これに対して反則金を納付しなかったときは、本来の刑事手続が進行します。
反則金納付通告事件の事案判決の論点
まず、本判決の問題点は上述の通り「Xの取消訴訟は許されるんですか?」というところにあります。これを判断する際に二つの論点が出てきました。
- 反則金納付通告に処分性があるか
- 反則行為の有無を行政事件訴訟で争う事は適切か
はじめに①について説明しましょう。
取消訴訟を提起するには取り消しを求める行政の活動に処分性があると言えなければなりませんでしたね。(よくわからないという方は土地区画整理事業についての記事を参照してください)。
法スタ
【難解判例】土地区画整理事業と処分性をわかりやすく解説(前編) | 法スタ
法書ログライター様執筆記事です。 ▽これからの行政法の判例論点解説記事▽・【難解判例】土地区画整理事業と処分性をわかりやすく解説(前編)←イマココ・土地区画整理事業…
本件ではXは反則金納付通告の取り消しを求めていますから、反則金納付通告に処分性があるかが論点となります。
これについては処分性があるとする説とないとする説の対立があります。
処分性があるという説は次のように考えます。反則金を納付すれば刑事訴追を免れるというこの制度は裏返せば、反則金を納付しないと刑罰を科せられるかもしれないということです。多くの人は刑罰を科せられる危険など冒したくありませんから反則金を支払います。これは実質的には刑罰を裏付けとして反則金納付義務を負わせているのだと考えられますね。そうすると一方的に国民に義務を課しているのでこれは処分だと考えるという説です。
処分性がないとする説は、通告は「あなたの行為は反則行為にあたる」と行政(警察)が考えていることを通知しているだけであると考えます。そして、この制度は反則金を納付すると刑事訴訟がなされないとしているだけで、「反則金納付義務」なるものを課しているわけではないのだから義務を課す活動ではなく処分にはあたらないと考えます。
最高裁がいかなる考え方をとったのかは3で確認します。
そして②についても簡単に説明しておきます。
反則行為の有無を行政事件訴訟で争う事の何が問題なのでしょうか?
②の問題意識は、反則行為がもともと犯罪であるというところから出発します。すると反則行為の有無を争うということは、つまり犯罪行為があったかなかったかを争うということになります。そういうことは刑事手続きでやってください、というのが②の問題意識なのです。
反則金納付通告事件判決の判断
本判決は結論としてはXによる取り消し訴訟の利用を認めませんでした。
反則金納付通告に処分性があるか?
最高裁は反則金納付通告に処分性があるかについて処分性を否定しました。
「反則金の納付の通告(以下「通告」という。)があつても、これにより通告を受けた者において通告に係る反則金を納付すべき法律上の義務が生ずるわけではなく、ただその者が任意に右反則金を納付したときは公訴が提起されないというにとどま」ると判断しました。
「義務が生ずるわけではなく」という点から処分性が否定されていることを読み取れると思います。
反則行為の有無を行政事件訴訟で争う事は適切か?
実は、最高裁は①よりも②の観点を強調して取消訴訟を認めませんでした。
つまり反則行為の有無について争いたいのならば刑事手続きを利用してください、という点が強調されているということです。
「当該通告の理由となつた反則行為の不成立等を主張して通告自体の適否を争い、これに対する抗告訴訟によつてその効果の覆滅を図ることはこれを許さず、右のような主張をしようとするのであれば、反則金を納付せず、後に公訴が提起されたときにこれによつて開始された刑事手続の中でこれを争い、これについて裁判所の審判を求める途を選ぶべきであるとしているものと解するのが相当である。」
と判示しています。要約すると反則行為の不成立を主張したいのならば反則金を納付せず(行政手続の方に進まず)に刑事訴訟でやってくださいということです。
なぜでしょうか。
最高裁はその理由を
「右のような抗告訴訟が許されるものとすると、本来刑事手続における審判対象として予定されている事項を行政訴訟手続で審判することとなり、また、刑事手続と行政訴訟手続との関係について複雑困難な問題を生ずるのであつて、同法がこのような結果を予想し、これを容認しているものとは到底考えられない。」
と判示しています。
「本来刑事手続における審判対象として予定されている事項を行政訴訟手続で審判することとなり」という部分は反則行為の有無(犯罪の有無)という本来刑事手続きで判断すべきことを行政手続きで判断することになるということを言っています。
「刑事手続と行政訴訟手続との関係について複雑困難な問題を生ずる」というのは反則金納付通告の取消訴訟(民事手続き)の後に、公訴提起され(刑事手続き)、民事刑事の両訴訟で同じ論点(反則行為の有無)を審判することとなる事の不都合などが考えられます。
おわりに
今回の記事では行政手続と刑事手続きにまたがるような事件について扱いました。この記事が皆さんの理解の助けとなればうれしいです。
▽参考文献▽
行政判例百選II〔第8版〕 別冊ジュリスト 第261号.
櫻井敬子,橋本博之(2019)『行政法[第6版]』弘文堂.
下山憲治,友岡史仁,筑紫圭一(2017)『行政法』日本評論社.
海道俊明,須田守,巽智彦,土井翼,西上治,堀澤明生(2023)『精読行政法判例』弘文堂