別の入門書もありますよ。

大学一年の秋、大学で「憲法」の講義が始まると同時に購入しました。
筆者は、かの有名な伊藤真氏。きっと分かりやすく纏められているのだろう、と期待していました。

しかし、本書はその期待に十分に応えてはくれませんでした。
その理由は以下の通りです。

① 「通説」なのはいいけれど

「通説」(と、著者が考えているもの)べったりであることは、一面では本書の美点であろうと思います。しかし、それ故の弊害も持ち合わせているように思います。
例えば著者は、人権の制限について以下のように断言します。
「ある個人の人権、ある人(あるいは法人)の人権を制限するのは、他の個人の人権でしかありえないのです。」(102-3頁)
そして、「『公共の福祉』だとか『社会の利益』だとかいうのは、言葉として、たぶん皆さんのイメージの中では『社会一般の利益』だとか『社会の秩序』だとか、それらのために個人の人権が制限される、というイメージをもっているのではないかと思うのですが、そうではないのです」(103頁)とした上で、「人権と人権のぶつかり合い、矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」(105頁)として公共の福祉を位置付けます。
一元的内在制約説を、今どき珍しいほど無批判に採用しているものと言えるでしょう。
当然ながら、この見解には批判があり得ます。
「通説的」と評価される芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法(第7版)』(岩波書店、2019年)にさえ、「近年提起されている次のような批判にも注意しておく必要がある」として一元的内在制約説への批判が掲載されています(同102頁)。
もちろん、憲法学説は百家争鳴。批判があるからといって、必ず掲載しなればならないわけではありません。
問題は、ここまで「断言」していることにあるのです。
こんなにも自信満々に述べられると、本書の読者は「人権を制限できるのは人権しかないんだね!」と思うでしょう。あるいは、「基本的な知識」として「身につけてしまう」(2頁)かもしれません。
というより、私はそうしました。
しかしこの考えは、憲法を学習する中で早晩維持できなくなります。「対立する人権」なるものを設定しがたいケースが存在し、結構重要論点だったりするためです。
代表的なものを挙げれば以下の通りです。
⑴ 博多駅事件などの「公正な刑事裁判の実現」の要請
⑵ 公務員の政治的行為制限などにおける「行政の中立的運営・それへの国民の信頼」など
⑶ ビラ貼り規制などにおける「都市の美観風致の維持」など
〔以上3点を挙げるものとして参照、工藤達朗「人権と基本権」中央ロー・ジャーナル(2016年)13巻1号106-108頁。〕
いずれも百選掲載レベルで、是非抑えておきたい「基本的な知識」に当たるでしょう。そして、「人権」として構成するのは難しかろうと思います。
しかし「ある個人の人権、ある人(あるいは法人)の人権を制限するのは、他の個人の人権でしかありえない」。何とかしなければなりません。
あるいは、これらの論拠を認める判例を全面的にぶっ叩くしかありません。
それでいいのか。
少なくともこの箇所は、通説(というよりも宮沢説)への批判にも一言触れておくべきでしょう。

② 講義風なんだろうけど

本書の文体は、「です・ます」調の敬体です。
実況中継風(はしがき)に記述したとのこと、それ自体は素晴らしいことでしょう。実際、これに近い記述法の名著はたくさんあります。(潮見佳男先生の債権各論などが代表的ですね。)
しかし、本書の記述はいかにも冗長。一文が長く、極めて読みにくいです。
私の好みの問題ですが…。

③ 以上から

このような次第で、本書は私にとって期待外れでした。
憲法の入門書を検討されるに際しては、他の選択肢も視野に入れられることをお勧め致します。
参考までに、個人的に分かりやすく感じたのは以下の書籍です。

⑴ 毛利透『グラフィック憲法入門(第2版)』(新世社、2021年)
⑵ 阪本昌成編『謎解き日本国憲法(第2版)』(有信堂、2016年)
⑶ 松井茂記『日本国憲法を考える(第3版)』(大阪大学出版会、2014年)

特に⑶は、記述スタイルも敬体で親しみやすいです。平易でありながら、混乱を招きかねない部分はきちんとフォローしています。
例えば、①で述べた人権の制約根拠につき、40頁以下(特に43-44頁)をご覧ください。

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